刀を失くした大道芸者 二
藤の旦那の依頼を兄貴は快く了承した。
書簡を持ってくると藤の旦那はチヨを伴って奥へと戻った。旦那についていく間際、チヨが惟臣を一瞥し、不機嫌に鼻を鳴らして行った。
「お前、なんでチヨさんに嫌われてるんだ?」
そんなの自分が聞きたい。
惟臣は唇を尖らせて、バツが悪そうにぶつぶつと答える。
「……昨日道でぶつかって尻餅をつかせた」
「それだけか?」
「……アイツの持っている布包みを結構無理やり借りた」
尻餅の下りは反応が薄かった兄貴であるも、布包みを引き合いに出せばおもむろに天井を仰ぎ、一人で納得したように嘆息する。
その様子から尻餅で張った堪忍袋の緒が、布包みの件でぷっちんし、一夜明けて細切れになったのだと察する。
「あの布包みはなんなんだ?」
竹光や木刀にしては少し重かったと覚えている。となれば真剣かと考えるが、女がどうしてと思わなくもない。
昨日今日と持ち歩いているから彼女自身の持ち物であろうが、家宝であれ形見であれ外に持ち出すことはないだろう。守刀にしては長過ぎる。
「中身までは知らないが、預かり物なんだとさ」
「預かり物? なら外に持ち出すなよ」
呆れ返る惟臣に兄貴は笑って同意しつつも、
「預けていった人を探しているそうだ。一方的に預けてどこかに行ったそうでな、返したから持ち歩ているんだと」
そう続けた。
「いわくつきの物なのか?」
「そんな話は聞いたことがないが……、というか、いわくつきなら、それこそ持ち歩かんだろ」
それもそうかと惟臣は納得した。しかし、兄貴が「けど」と継ぎ、
「それの話になるとチヨさん、普段とは見間違うくらい粗雑になるだ。だからさ、預けていった奴のこと、相当怨んでるかもな」
「……それなら大事にしないんじゃねえの?」
「いやいや、損壊したら引き取りか、あるいは弁償かと言われているのかもしれんぞ。こりゃ、呪物か宝物か、どちらの線もでてきたな」
兄貴は勝手に推理を初めて楽し気にしている。そういえば、兄貴は最近謎解きを組んだ読み物をよく読んでいた。惟臣はそんな彼に乗っかろうとして、どうにも言葉が浮かばず、口をつぐんだ。
怨んでいる。
兄貴の発した単語が喉を凍てつかせた。それは惟臣に向けて使われた言葉ではないのに、心を縛って息をしづらくさせるには十分だった。
『ふざけるな。
かつての弟分二人の墓が暴かれ、消えた形見の代わりに残されていた二人の署名が入った紙切れ。
それは、彼らの怒りだった。悲しみだった。怨みなのだ。
惟臣は瞑目し、左の脇腹を撫でる。兄貴の推理はまだ続いている。惟臣が聞いていると思って、得意げに繰り広げていた。
「俺はもう一つの線として、チヨさんの恋人が置いて行った説も推したいねえ。離れる自分の代わりに彼女を守ってくれと、そっとな」
守れなどしなかった。形見を返したのは、せめてもの罪滅ぼしだった。
「けどチヨさんはそれが手切れのようで許せなかったんだ。だから大事だけど、相手を怨んでるんだ。だから探してるんだよ。んー、健気だねえ」
あの紙切れはまさに手切れだったのだ。形見を共に埋葬するだけで安易に許されようとした兄貴分への、彼ら二人の答えだったのだ。
だから、奪われてしまったアイツの形見を探して、そっと返して、それですべての関係を手切れにしなければ。
近くの店から火打ちの音が風に乗ってやって来た。その音に混じって床を擦る音が近づいてくる。
「……お前さん、劇の脚本も書いているのかい?」
藤の旦那が当惑した表情で暖簾の奥からやって来た。
「聞こえてましたか、いや、お恥ずかしい」
兄貴は頭に手を当て、照れ隠しか、豪快に笑い飛ばす。
「丸聞こえで、チヨさんから言伝です。『私は真之助さん一筋です』だそうで、破綻してしまいましたね」
藤の旦那が声を殺して笑う。兄貴は頭を掻き「失礼した」と照れ笑いを返した。
藤の旦那はたたまれた書簡の上に金子を添えて、兄貴に差し出した。兄貴はそれを両手で受け取ると、
「確かに、お預かりしました」
一度、ひょいと頭上に掲げた。
「お願いします。あ、私は自分の店に戻りますので、何かありましたら手数ですが、そちらまで」
藤の旦那も三和土に下りて草履を履いた。番台から番頭が小走りにやってきて、三人の頭にカンッカンッと鳴らす。
惟臣のまなかいに、また刀の幻像が現れる。しかし、今度は四振りであった。片目を閉じた猿の目貫と、天へ駆けようとする獅子の目貫の二振り加わった。
惟臣はきつく目を閉じる。
アレを返して手切れとしたのだ。
あちらこちらで火打ちが鳴り響く。どこそこで誰それの縁が切れていく。
その短い音を逃がしたくないと動きそうになる手を握り、惟臣は頬を噛んでやり過ごした。
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