櫛を失くした男 二
二人のもとに駆け寄って来たのは身奇麗ななりをした男であった。兄貴や惟臣より背丈がないのは、上に伸びるはずの肉が横にいってしまったからなのではないかと思われる。されど商人である男からすればふくよかさも、それがゆえに柔和になった顔もいい商売道具であろう。
それはさておき、重たそうな体をえっちらおっちらさせて二人に辿り着いた男は、ふうふうと息を弾ませ、薄くにじんだ額の汗をぬぐった。
「探しましたよ、佐吉さん、赤おにさん」
惟臣は袂から手拭いを取り出し男に手渡した。
「松の旦那、赤おにさんはやめてくれっていったよな」
松の旦那は額の汗を手拭いでふき取り、穏やかな曲線を描く太い眉を下げた。
「すいませんね、惟臣さん。赤おにさんって言いやすくてついつい」
「そう呼ばれて振り向くのは大体コイツくらいなものだしな」
兄貴が親指で惟臣を指差し笑う。惟臣ばかりが面白くない。
惟臣は自身の赤茶色の前髪を摘み、うむと唸る。いっそ黒に染めてしまおうか。しかし髪の色と同じく目の色も赤茶色であるために、髪ばかりを黒にすれば逆に目の色が目立ってしまう可能性がある。ならばこのままでいくしかないか、いや、けれどもな――。
前髪を放し、息を付く。
「せめてお兄さんって言って」
「言葉を伸ばすの苦手でさ」
せっかちか。赤鬼さんと呼ばれているようで胃の辺りがむかむかする。けれど言い返せない。
何度も見せつけられてきた悪びる松の旦那のへにゃりとした顔に、今回も負けてしまうのだと、溜め息しか出ない。左の腰に手を当てて、ありもしない刀の柄を撫でた。
「それで、なんで俺たちを探してたんだ?」
兄貴が訊ねると、松の旦那はへにゃりとした顔のまま兄貴に向き直り、
「探し物をしてほしいんです」
と嘆く。
惟臣は商人のことを、なかなか肝の据わった男だと評していた。
そんな男が涙ぐむとは、それほどまでの代物かと惟臣が兄貴に目を配る。兄貴も同じ意見のようで顔を引き締め顎を引く。
「何を失くしたんだ?」
兄貴の硬い声が先を促す。松の旦那は鼻をすんと鳴らし、未だに手にしている惟臣の手拭いをぎゅっと握り、口を震わせてこう言った。
「うちのかみさんの櫛を探してほしいんですぅ……」
消え入る言葉尻。
兄貴と惟臣は再度目配せをする。お互いの目には困惑の色が浮かんでいた。
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