神の星

Akimon

到着

「見えたの?」

二十歳代後半と思える若者が、宇宙船のブリッジに飛び込んで来た。若いが今回の調査隊の伊藤隆一隊長である。

モーガン船長が律義に答える。

「真正面の恒星がエンデュラスで、右下の小さいのが第四惑星です」

「ふ~ん、まだまだ距離があるね。邪魔してごめんなさい。ここからが一番よく見えるので。すみません。早めに行かないとまたマキに怒られる。三十分後の会議よろしく」

隆一はあわただしくドアから飛び出して行く。

航海士のトーマスが独り言の様につぶやいた。

「あれで隊長かよ。親の七光りか」

「そういうな」

モーガン船長は、たしなめるしかなかった。


 隆一がブリッジを出た時、トーマスの『親の七光り』の声が聞こえていた。

(その通りだ)

隆一も同意した。

会議室への通路を歩きながら、考えていた。

(この若さで調査隊の隊長はないよな。実績もないし。オヤジのゴリ押しがなかったら、あり得ない話だ)

隆一の父の伊藤隆弘は、銀河連合の地球代表理事であり、今回の調査隊遠征を推し進めた人物である。

(モーガン船長や江崎副隊長の様に、実績もあり、それなりの年齢なら、リーダーシップを発揮する形で指揮することは可能だ。しかし実績のない若造がそんなことをすれば、横柄だとクレームが出るのは確実。そうなれば、隊長を引きずり降ろされる。

そうなれば隊長を辞められる。それはそれで一つの選択肢だが、やはり嫌だ。本人は望んでないとはいえ、多くの人が動いて隊長に祭り上げられた。『やっぱりだめだった』と烙印を押されるのは構わない。しかし、動いてくれた人に迷惑がかかる。それが嫌だ。

隊長としてのやり方としては、よく言えば『メンバーの自由な発言を許して、自発的に動いてもらう』形、つまり協調型リーダーシップしかない)

そんなことを考えながら、会議室に来ると、心理学顧問として参加している園部マキが待っていた。

彼女の参加に関しては必要性が問題視されていたが、これも伊藤隆弘の働きかけで参加することになった。

周りからは隆一とマキの婚前旅行と揶揄さえていたが、そのためかマキは隆一の御目付役を自負していた。

「リュウ 今回はちゃんと来たね。トップは早めに来て準備するものよ」

(トップとは雑務担当のことかな)などと思いながら、隆一は、会議の準備を始めた。


 ブリッジではトーマスの文句が続いていた。

「しかし長かった。次元航法が使えればすぐなのに、ハイパードライブしか使えないなんて、中途半端な距離だ」

それを受けて、機関士のケンが応じた。

「次元航法は無理だが、冷凍したいなら、いま直ぐでもできるぞ」

「うるせい!誰があんな気持ちの悪い冷凍冬眠なんか受けたがるか。俺が言いたいのは距離の問題だ。五十光年という中途半端な距離だ」

次元航法は、多量のエネルギーが必要であり出発時に専用のエネルギー補給設備が必要であったが、恒星間航行としては定着していた。しかしながら、初段の高G加速に地球人類の身体では耐えられないため、身体保護のため冷凍する必要があった。

エンデュラス星系まで地球から約五十光年。次元航法するには、身体的負担もさることながら費用面も問題なため、光速を超えられるとはいえ昔ながらのハイパードライブを使い、一ヶ月を掛けてこの星系に到着した。


 モーガン船長も二人の会話に入って来た。

「五十光年という距離は、航法そのものより、三百年間まともな調査がされなかったことの方が問題ではないかな。より遠方が調査の中心になってしまった」

船長の言葉に、再びケンが応じた。

「その結果、ヴァルラス星人の怒りを買ってしまった」

トーマスが渋い顔を作りながら応じた。

「けれども、そのヴァルラス星人との闘いのおかげで銀河連合のAクラス入りが出来て、次元航法も使えられるようになった。しかし今回は残念ながら使えなかった」

銀河連合では、各星系の知性体はクラス分けされていた。

Aクラスであれば次元航法などの使用も可能となるが、Aクラスになるためには他星系の知性体の発展に寄与している必要があった。

三百年前に地球が銀河連合に加入する際、多数の調査船を送り出し知性体を必死に探し回ったが見つからなかった。その調査の時に、狂戦士バーサーカーとして有名なヴァルラス星人に干渉したため、戦争になってしまった。地球人類は何とかヴァルラス星人に勝った。Aクラスのヴァルラス星人に勝ったことで、一応Aクラスと仮認定されていた。

一年前、三百年前に出発した調査隊の宇宙船の内、一隻が連絡ポッドとして地球にたどり着いた。

その宇宙船はハイパードライブが壊れているため、非光速での長期航行が行えるように改造されていた。残念ながら、そこに積まれていた情報のほとんどは宇宙線の影響で読めなくなっていたが、知生体がいるとの情報は復元できた。

このため、Aクラスに正式認定されるように、急ぎ今回の調査となった。


 ケンが再び口を開いた。

「しかし、五十光年は中途半端に長い。恒星間航行で考えれば短い距離だが、非光速の物理航行では考えられないくらい長い」

トーマスはケンが何を言いたいか分からず、尋ねた。

「それはそうだが、それがどうした?」

ケンが機関士らしい感想を述べた。

「五十光年だぞ。それをハイパードライブじゃなく、物理航行で行ったんだ。三百年間航行して情報を届けて来たんだぞ。平均速度は光速の六分の一、最高速度は多分、光速の半分ぐらい。前回調査隊はとんでもない技術を持った連中だったんだろう」

一呼吸おいて、ケンが続けた。

「とんでもないと言えば、この船もとんでもないぞ。ヴァルラス星人との闘いで使われた歴戦の巡洋艦だ。在庫の弾薬数は削っているが、兵器はそのまま。百人規模の乗員のはずが、現在は俺たち三名、調査専門のお客さんを含めても合計七名だ。代わりに調査関係の機材や小型艇が大量、サポートロボットも多数。AIは航行専用以外に、汎用の最新鋭の人工人格APや分析モジュールの付いた最新鋭のものだ」

「的確な評価を有難うございます」AIのプロメテウスが会話に割り込んできた。

ケンが笑いながら答えた。

「APの評価は戻ってから、じっくりしないといけないな」


 再びトーマスが文句を言う。

「評価と言えば、この船にはまともなブリッジがない。戦闘用のブリッジはあっても通常航行用のブリッジがない。航海士としては問題と思う」

「それは馴れの問題です。船内であれば、ほとんどの場所で操作ができます」AIが応じる。

「だからと言って、展望室の改造はないだろう」

「人間にとって、センサーなどの間接情報以外に、実際に眺めて得られる情報も必要なのではないですか?」

「プロメテウスの勝ち」ケンが笑いながら宣言し、続けて、船長に尋ねた。

「船長もこの船で戦っておられたのですか?」

「おいおい、俺を何歳と思っている。戦いがあったのは二百年前だぞ。ハイパードライブによる経年誤差があっても、そんなに歳を取っていない。ま、船を予備役保管モスボールにえい航したのはおれだがな」

「それで再度、選ばれた?」今度はトーマスが尋ねた。

船長が笑いながら答えた。

「船と一緒に最後のご奉告というわけだ。さて我々も会議室に行かねば。トーマスくん、よろしく。ケンくん行こう。遅れればマキさんの逆鱗に触れる」

トーマスが答えて「はい。お任せください。といってもほとんどはAIがモニターしてますがね」

「はい、お任せください」プロメテウスも応じる。

「ケンの意見に賛成だ。APの再評価が必要だな」

トーマスが笑いながら結論づけた。

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