1‐0 密かな恩返し

 あれから無事に七瀬さんとも合流し昼飯に合わせてコンビニに寄った。

 財布を忘れてきた俺に舞香と七瀬さんは優しく支払いを済ませてくれた。

 今は舞香が住むアパートの部屋に入りちょっと早めの昼飯を食べてから大の字でくつろぎ安心しきっていた。

 一段落済んだと感じつつ俺は足を組んだまま急に起き上がった。

 一通り見渡すとここでも舞香はテーブルの反対側に座らず俺の横にいた。七瀬さんも俺の横にいるが角に追い詰められた気分だ。とくにオセロの角を思い浮かべてしまう。ハハ。ちょっと違うけど思い浮かんでしまった。

 それにしても真面目な話をすれば俺はいずれどちらかを選ばないといけない日がくるのだと急に真顔が襲ってきた。顔が強張ったことで俺は言葉に詰まりなにを言い出そうとしていたのか忘れてしまっていた。

 舞香には申し訳ないけど嫌でも意識しているみたいだ。

 俺が言おうとしたことを感知したのか舞香の声が聞こえてきた。思わず俺の心臓がドキリとしたのだった。


「さっきより真顔だね、大智」


 さり気無い一言ですら今の俺には荷が重たかった。

 急に話し掛けられたと脳と体が反応し思いもしないところでビクついていた。慣れているはずの声すらも受け付けないとは俺はなんて雑魚なんだ。

 返す言葉すらも見つからず気付けば七瀬さんも会話に参加していた。


「そうなんですね。佐崎さんはあの時よりも真顔だったんですね」


 意味心なことを言う七瀬さんがいた。

 やめてくれとは言いづらく俺はただ笑うことしかできなかった。なんでこう言う時に限って男は弱いんだろう。なんでも言い合える仲って言ったのに体現できていないなんて俺は最低な男じゃないか。


「うん! 七瀬さんにも見せたかった! 大智の変顔!」


 さっきの真顔の発言はどこにいったんだ。あの時の俺は凄く真顔だったはずだ。聞き捨てならないとさすがの俺は口を挟み始めた。


渾身こんしんの真顔になんてことを。しっかりと焼き付いていただろうに俺のイケメンっぷりが」


 俺のイケメンっぷりをちゃんと評価して欲しい。あんなことを言わせといてそれは無いと凄まじく言いたかった、願望とは裏腹に伝わっていない可能性もあったけど。

 でもなんだかんだで舞香が元気になって良かった。これなら比較的に七瀬さんとも仲良くなれそうだ。なのに七瀬さんは俺をあえて無視していた。


「私も見たかったです、佐崎さんの変顔を」


 仕方がない。ここは思い出させてあげよう。


「こんな顔だったか? 確か」


 この流れなら冗談が通じると感じ取り俺は真顔を捨て本当に変顔をした。ちゃんとバレないように両手で顔を隠しきり振り向き終わったときには元に戻していた。

 おでこに寄せたまゆは吊り上がり口角は下がり俺流の変顔ができあがっていた。それでも余りドン引きされたくないと両目には力を入れなかった。


「ちょっと!? アハハ! 大智って面白い!」


 良かった、舞香が笑ってくれて。こんなにも幸せなことはない。俺にとってこうしている時間が最ッ高に至福のときだ。飯を食うくらいに入っても可笑しくはないだろうに。人の幸せは共有してこそ価値があると今日はとくに感じていた。


「フフ。佐崎さんって本当に面白いんですね。思わず笑っちゃいました、私」


 人の業はなにをしたかで決まる。何度でも言える、俺にとって至福のときはなんとしてでも繋ぎ止めたいと。

 何回の難局がこようとも俺は会話で乗り切ろうとする。その為には一日の言動が大事なんだ。だから俺は感謝の意を伝え続けたい、ここにいる舞香や七瀬さんの為に。

 これから出会う人達には無理があるかも知れないけどこれからも心掛けたい。唯一無二の出会いの為にも俺は精進し続ける。

 それ以上はあってもそれ以下にはなりたくない、だって出会わなければ幸せすらもこないのだから。


「有難う! こんな俺だけど今以上によろしくな! 二人とも!」


 舞香も七瀬さんも俺の発言を待ってくれていたのだと勝手に感じていた。いつも以上に感謝を込め発言したことに後悔はない。

 むしろ俺のテンションは最高潮さいこうちょうを迎えていた。これがこれこそが俺の望んだ結末なんだ。こんなところで後悔になるくらいならいさぎよく無言でいた方が良い。

 だって俺達には言葉があり助け合いができるほどのチャンスがある。俺はそんなチャンスを逃さないように舞香と七瀬さんと仲良くしていきたい。

 それが今以上にできる俺の二人への密かな恩返しだった。

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