0‐9 静かな約束

 想い出の公園まで無事に辿り着いた。

 今は公園のベンチがあるところを目指していた。

 ベンチに近付くたびに想い出す、相談の後に笑い合っていたことを。

 あの時の気持ちがたかぶり俺は七瀬さんのことをすっかり忘れていた。でもきっと七瀬さんのことだ。気を遣い俺から離れてくれただろう。

 客観的に見て俺は最低かも知れない。でもそれでも俺は舞香を救い出したい。詰めが甘いのは百も承知だ。あれだけのことを言ってもまだ言い足りない。だから俺は言わないといけない。後悔しない為にも俺は――。

 ようやくベンチのところまで辿り着いた。ベンチに顔を向け突っ立っている舞香がいた。目に入るとすぐに歯を食いしばり舞香の元へと急いだ。

 舞香は俺の方を見ると打ちひしがれたような雰囲気ふんいきを見せていた。まるで冷たい波に当たり続けていたかのように呆然としていた。今にも更なる深みに入り込んでしまいそうだった。

 このまま放置できないと俺は舞香のそばに寄り添う前に叫んでいた。


「舞香!」


 ことはどうあれ今の舞香が心配だった。終わり良ければ全て良しを体現したかった。こんなにも愛した人はいないと全身全霊で表したかった。今になって通じるかなんて分からない。でもそれでも俺は舞香のことが大好きなんだ。


「大智」


 走り続け立ち止まりながら抱き付く前に舞香がそう言った。どうか俺の言葉で引き返して欲しかった。足りないなら足せば良い。届かないなんて考えるから可笑しくなるんだ。だから俺が来た今こそ足し続けなければいけない。


「俺の言葉を聴け! 聴いてくれ! 頼むから!」


 どれだけの絶望が舞香を襲っていたのか。浅はかな気持ちでは説得は無理だろう。もっと俺も深いところに行かないといけなかった。そう。舞香の元へ。

 もう言葉だけでは無理と思い込んだ俺は舞香の傍で立ち止まりつつ抱き付いた。温もりが無いなら俺のをやると言わんばかりに力強く抱き寄せた。


「俺は俺だ! 舞香! だから舞香は舞香でいてくれ! 頼むから!」


 はたから見ればなにを言っているのかが分からないだろう。でも舞香なら俺のことを分かってくれると信じていた。すぐに答えを出さなくても良い。時間はある。後はじっくりと舞香の気持ちに寄り添うだけだ、この俺が。


「元に戻れるのかな? 七瀬さんに譲らないといけないのかな? 私」


 欲しい、人を変えるだけの力が。こんなにも苦しんでいる舞香がいる。これは俺だけが解除できる呪いなんだ。こんなところで呪力に劣るようなら俺自体を否定したようなものだ。だから俺は絶対に負けられない。負けられないんだ。


「俺にとって大事なのは許嫁や彼女なんかじゃない! 一緒に笑い合ったり一緒に泣き合ったりする大切な時間を共有できる仲間こそが一番大事なんだ! 俺は……そんな舞香にかれたんだ! だからもうやめよう! 舞香!」


 この発言のお陰かは分からないけど舞香の言動が徐々に落ち着き始めた。むしろ逆に感銘を受けたのか舞香は俺よりも強く抱き付いてきた。


「大智の言うとおりだね。もうやめる。七瀬さんに譲るとか元に戻れるのかなとか忘れて前を向くようにする。だからね、大智、私のこと……大好きなままでいてね、お願いだから」


 静かに眠るような発言だった。こんなにも俺を必要としてくれる舞香がいる。これは紛れもない事実なんだ。だからこそ俺はこれからも誰かを裏切るなんてことはしない。だってそれが俺と舞香との静かな約束だからだ。


「分かったから! しばらくこのままでいてくれ! 舞香! 頼むから!」


 一人の女性をここまで愛したのは初めてだ。大好きなんだ、俺は、舞香が。この気持ちを抱き付くことで共有できるならこんなにも幸せなことはない。

 俺が俺じゃなくなってもたとえ転生しても舞香と何度でも出逢えると信じて前を向き続けよう。それが今の俺にできる唯一無二の愛情表現だ。

 俺の言葉を受け入れた舞香が喋ることはなかった。まるで鍋の中で一つになるようだ。本当に溶け込み合った二人の気持ちは見事なまでに一つとなっていた。

 これからも来るであろう愛の難局に俺は果敢かかんに立ち向かい解決しなければならない。それが愛することだと気付かされた朝の出来事だった。

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