0‐8 想い出の公園

 外に出て数十分かけて舞香の家に辿り着いた。

 電車が無ければもっと時間が掛かっていただろう。その後はひたすらに歩いていた。余りに舞香を心配していたから七瀬さんのことに気が向かなかった。

 俺は一目散に舞香が住むアパートの階段を駆け上がり勢いのまま玄関の扉を前にした。後は玄関のチャイムを鳴らし舞香本人がいるかを確認するだけだ。

 なのに俺は玄関の扉を直に右手の拳で叩いていた。近所迷惑なんて言っている場合かと自分を急かしていた。

 駄目だ。反応がない。玄関の扉は鍵が掛けられており居留守の可能性もなかった。これではお手上げかと思われたその時だった、右手に持っていたスマホが鳴り電話が掛かってきたのは。

 慌ててスマホの画面を見ると電話の主は舞香本人だった。

 迷うことなく電話に出ると確かに舞香の声が耳に入り込んできた。でも空しいくらいに小声でなにを言っているかが分からなかった。だから俺は心配の余りはっきりとした口調で言い放っていた。


「舞香!? どこにいるんだよ!? 今!?」


 電話越しから察するに人込みの気配はなかった。むしろ静かな場所にいるはずだった。それとも舞香は居留守を使っているのだろうか。もし居留守なら出てくるまで辛抱強く話し合わないといけない。


「大智。あのね。私達が初めて出会った時のこと……覚えてる?」


 覚えているに決まってるだろ。あれは俺がピザカフェでデリバリーのバイトしていた時のことだ。俺のミスで間違えて注文品を取り違えたのが一番の起因だった。それでも舞香は俺をとがめることなくむしろ公園で相談まで乗ってくれた。


「俺が……間違えたんだよな、注文品を」


 昔も今も舞香は変わっていない。むしろ寛容かんようが増していた。七瀬さんと初めて出会った時よりも俺が凄く舞香を知っていた。そこだけは絶対に譲れない。俺と舞香は腐れ縁で繋がれている。


「そうそう。その後……私と大智は公園で相談し合って」


 そうだ。俺が一方的じゃ悪いからと最後は舞香の相談を聴き入れた。あの時の記憶がどんどん走馬灯そうまとうのように蘇る。


「あの時に出会わなければ俺と舞香は付き合うこともなかった。ただの客で終わっていた。奇跡だよな、これって」


 合わせるように俺は優しくつくろう、まるで一つ一つのピースをはめ込むように。


「あれから気付いたの、奇跡は二度も続かないって。もう私達は別れ時なのかも――」

「奇跡は確かに二度は続かない。別れたって良い。でもそれでも俺は舞香のことが……大好きだ! だから!」

「だから?」

「どんな舞香でも俺は受け入れる! それが舞香にできる最ッ高の恩返しだからだ! だからその時が本当に来たら俺の大親友でいてくれ! 舞香!」

「うん。変わらないね、大智は。……分かった。教える。私は今――」

「公園にいるだろ?」


 コピーしたかのように舞香の返事と被ったからずばり図星のようだ。今の舞香は公園にいると会話で悟った。なら答えは簡単だ。俺が行けば良い。


「待ってるからね、大智」

「行くからな! 待ってろ! 舞香!」

「それじゃ」


 舞香との電話が切れた。俺には行かなければいけない理由がある。今の舞香は無理をしている。

 確か想い出の公園は近い。多分だけど七瀬さんでも辿り着ける距離だ。でもはたして七瀬さんは俺の速さについてこれるのだろうか。ここは俺の住むアパートに引き返して貰うべきじゃ――。


「私にも責任があります。大丈夫です。お一人で行ってください。どうかご無事で」


 待てよ。ここから帰して迷われても困る。だからここは――。


「駄目だ! 迷うことになる! ここは一緒に行こう! 七瀬さん!」


 もうこれしかない。それに七瀬さんのことだ。邪魔にならないように機転を利かせてくれるだろう。これは七瀬さんを信じた上での決断だ。


「分かりました。付いて行きます。でも途中から抜けますので話が終わったら後で合流しますね」


 七瀬さんに真顔で言われると信用したくなる。とにかく今は舞香のところに行くんだ。これは俺にしかできない人生最大の試練だ。今になって気付くなんて酷いけど俺にとって舞香は家族も同然の存在だった。

 七瀬さんのお陰で冷静さを取り戻した俺は歩幅を合わせるように走りひたすらに想い出の公園を目指すのだった。

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