0‐6 二人きりの夜

 食事が終わり一休みすれば良いのに舞香は帰っていった。

 七瀬さんと初見の時は嫉妬にまみれていたけどちょっと前の舞香は比較的に落ち着いていた。きっと誤解が完全に無くなり七瀬さんを信頼したから帰る余裕ができたのだろう。

 ちなみに食器は舞香が自分用と客人用で前から買っていたものを使用した。なんとも何度も舞香に助けられている。またいずれ恩返しができればな。

 なによりも俺が七瀬さんに悪いことをしないかの方が一大事だろうに。多分だけどそれも踏まえて舞香は帰っていったんだと思いたい。

 なんやかんやあったけど今日はもう疲れたな。

 ソファに腰を下ろした今は食器を片付け終わり後は布団を敷いて寝るだけだった。でもここで問題なのが布団が一式しかないということだ。一式しかないから七瀬さんに使って貰わないと。そもそも俺の一式だから苦肉の策でしかない。ハハ。


「良いんですか? 本当に」


 天然にしても普通にしても客人をソファとかで寝かせるのはいくら俺でも気が引ける。だからここは安心して寝て貰わないと気の使い合いはごめんだ。


「俺はソファで良いよ、それにまだ眠たくないから」


 七瀬さんは既に布団の上で仰向けでおり掛け布団を被っている。これを天然と言わずしてなんと言うんだ。とはいえ俺は発言どおりにソファで寝るとしよう、まだ寝ないけど。


「私は疲れました。……それじゃお言葉に甘えて」


 寝てくれていたら俺も安心する。今は一人になりたい気分だ。

 それにしても俺の部屋は広いようで狭い。管理人らに話を聴いたらベッドを置ける場所がなかったらしい。うーん。ということはこのアパートは全員が布団で寝ていることになるのか。


「佐崎さん。今日は楽しかったです」


 ありがちなパターンだけどこの時の俺は七瀬さんに話し掛けられてなぜか無性に喜んでいた。まるでおもちゃ箱に入った小人のような気分だった。


「それは良かった。俺も楽しかったしきっと舞香も楽しかったと思うよ」


 こんな儚い会話も良いなと感じるのはきっと二度とないくらいに貴重な体験だろう。だから今は寝ている場合じゃないし眠る気もない。


「本当に良かった。……ねぇ? 佐崎さん」


 どうやら気が変わったようで七瀬さんも会話する気があったと捉えた。こんなにも静かで大切にしたいと思えた雰囲気ふんいきは儚い思い出になって欲しくない。また二人きりの夜の時に思い出し合いたい。


「私ね。舞香さんに負けたくなかった。絶対に佐崎さんの許嫁になりたいって思ってた。認めさせたいって。でも今日だけでも分かります、佐崎さんがモテることは」


 冗談には聞こえなかった。でも俺がモテるなんてそれはないだろうと感じ続けていた。言えなかった、否定したら今どころか将来が壊れそうだったから。でもここで無視もないだろうと無理して口を動かし始めた。


「俺は――」

「言わないでください! それ以上は」


 七瀬さんの言うとおりだ。でもどうして――。


「実は佐崎さんのお母様やお父様から良く聴かされていたんです。だから私はどんな人なんだろうなと考えていました」


 そうなのか。ならここは――。


「会って見てどうだった? 俺は期待に沿えたかな? 七瀬さん」


 別にカッコつけている訳じゃない。ただ聞かないといけないと感じたんだ。


「フフ。期待以上でした。私にはもったいないくらいに優しくて素敵でした」


 そんなに俺のことを褒めてくれるなんて胸がドキドキする。今日は寝れそうにないな、これは。だからこそ今の会話を逃す訳にはいかない。


「俺は七瀬さんのことが心配だった、だって許嫁ですってきてお断りしちゃったから。でも! 今はもう安心しているんだ。だから! 七瀬さんにはずっといて欲しい……かも」


 展開が早いと言うよりは互いに地頭が良いのか衝突することが余りないように感じた。でも怖いんだ。もし衝突が起きたらと感じると夜も寝れなくなる。


「良かった。私……ここにいても良いんですね」


 やはり機転が利く七瀬さんだ。あえてずっとを外すことで俺への反応を試しているのだろう。逆に俺が機転を利かせないといけない場面だ。


「気が済むまでいても良い。でも変なことは考えないでくれよな。俺は今のままが一番なんだ。絶対に壊して欲しくない、この環境を」


 伝わらなかったら何回でも言うだけだ。七瀬さんは謙虚だと感じ取ったから身勝手な言動はしないと信じたい。


「分かりました。私は佐崎さんに色仕掛けなんてしません。安心して暮らしてください」


 本当に話の通じる相手で良かった。はぁ。なんだか気が抜けてきたな。


「ふわぁ~。あ」


 俺の欠伸だ。どうやら眠たくなってきたらしい。


「そろそろ寝ますか?」


 寝る。じゃないと寝落ちしそうだ。このまま寝ちゃうと七瀬さんが寝れなくなる可能性もある。だから――。


「もう寝よう! んじゃ消してくるから!」


 蛍光灯けいこうとうの明かりを消しに行こうとソファから立ち上がった。カーテンはもうすでに閉めてある。後は寝るだけだ。念の為にテーブルの上のスマホに手を伸ばした。手にした理由は暗くなるとなにも見えなくなるからだ。つまり蛍光灯の代わりという訳だ。

 どうやら七瀬さんはもう先に寝たようだ。なら後は俺が寝るだけと蛍光灯の明かりを消し静かにソファに向かい寝ようとした。

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