0‐3 彼女の存在

 今はすっかり夕方になった。

 いつもなら夕飯の為に彼女を呼んでいる時間帯だ。でも呼ぶ訳には行かずひたすらにドキマギしていた。このタイミングで来られたら溜まったもんじゃない。今日に限って勝手に来るになんてなれば今日から俺はどんな顔で生きれば――。


「夕ご飯ですか。どうしますか?」


 俺と七瀬さんの位置が変わらずに言えばこの流れは作るになるだろう。なら凄く有難いし俺も手伝わないとな、さっきの思いは無駄にしたくはないから。


「作って良いのなら作りますけど」


 この七瀬さんの性格を考慮すると料理が出来そうだな。俺の実家で武者修行的なことをしてきたに違いない。自慢じゃないが俺の母さんの手料理は一番だ。


「あの? 佐崎さん?」

「あ」

「ううん? あ?」

「あ~いやいや! 作ってくれるなんて凄く有難いな~なんて!」


 あれ? そう言えば俺の冷蔵庫に食料品があったけな? なかったら買い出しに行かないとな。うん? 一緒に行くことになるのか? これって――。だとしたらこれは――。


「任してください! お母様直伝の手料理を披露しますから! ほら! あそこにお米や野菜が一杯!」

「あ……忘れてた」


 と言うことは初デートはお預けか。って違う! 俺はなぜかやましい気を持っていた。ここは顔を左右に振らねばぁっ――。


「ちょっと待っててくださいね、すぐ作りますから」

「あ……俺も手伝うよ」


 七瀬さんが立ち上がり俺も立ち上がろうとしたその時――。凄く和んでいたムードに玄関のチャイムが鳴り水を差した。


「え」


 なんか凄く嫌な予感が――。


「出ないんですか?」


 七瀬さんに警戒心がない。なら今の内にさっと出て帰って貰えば――。あるいは。


「あ! いやいや! 居留守で良いよ。どうせ――」

大智たいち! いるんでしょ! 居留守なんて無駄なんだからね!」

「あ」


 千鶴ちずるさんは凄い悪い子だった。なぜなら渡していた合鍵を使い中に入ろうとしていた。凄まじくマズい。


「もしかして……彼女さん?」


 ずばり七瀬さんの言うとおりなんて言えるか! ここは!


「待ってくれ! 千鶴さん! 実は来客があって! ……あ」


 失言だ。今は許嫁でなくても来客扱いは酷い。こんなにも和んでいたのに俺が水を差した。余りの衝動に場が硬直し遂に玄関の扉が開かれた。

 もうこうなったら会うしかない! 漢になれ! 俺!


「大智~。酷いよ~。んん? これは――。え!? 嘘!?」

「あちゃ~」


 右手で顔を覆いながらこの環境の様さ加減がなんとも言えないし嘘だと思いたいのは俺の方だ。ハハ。もうなにもかも手遅れだ。


「大智~!」

「ぐ!?」


 千鶴さんが怒っている。マズい。凄まじい感じで上がり込んできた。しかもさっきから七瀬さんの気が沈んでいるような気が――。

 そして遂に最後の扉が開かれようとしていた。思った以上に静かに開いた扉から千鶴さんの足が入ってくるのが見えた。そして――。


「大智! 酷い! 私以外の女を!?」

「ぐは」


 やはりか。千鶴さんは嫉妬深いからな。しかも警戒心も強い。今になって思えばそれが起因しているとしか言いようがない。


「誰よ!? その女!?」


 地獄絵図だ。少なからず俺は――。


「ああ!? 待ってくれ!? 千鶴さん!?」

「下の名前で呼んでって言ったでしょ!? ってそれよりも――」


 マズい。凄まじい目線を七瀬さんに向けている。今の俺にできることは最悪な事態を制止させること。ここは――。


「待ってくれ! 舞香まいかさん!」


 これが俺の精一杯の言動だ。すぐさまに立ち上がり七瀬さんの前に立ち塞がった。


「さん付けもやめてよね」


 あれ? 思った以上に制止している? ここは畳み掛けだ!


「舞香! これには深い事情が!?」

「う。大智のこと……好きだから信じるよ。私だから! できたことなんだよ?」

「ああそうだな。舞香は悪くない、俺がもっと根回ししておけば良かったんだから」


 落ち着いたとは言え下手すれば本気で泣いて帰ってしまいそうだ。舞香のことだ。きっとなんかを仕出かしてくるだろう。幸いなことは七瀬さんが言動を慎んでいるところだ。凄く助かる。


「根回し? バレなきゃ良いんですか? それ」

「勘違いするな! 七瀬さんは……俺の――」


 言えなかった。こんな時に七瀬さんは許嫁なんだなんて言えなかった。これじゃ俺が二股しているみたいじゃないか。


「酷い。確かに押しかけてくるときもあったけどさ。それは愛して欲しかったからであって」

「ぐ」


 誰も悪くない。むしろ悪いのは俺の家族だ。もっと言えば俺自身の爪の甘さが原因だ。こんなにも双方を傷付けてしまった。こんなにも人から信用されないなんて初めてだ。悔しいけど現実を突き付けられている。


「申し遅れました」

「え」


 七瀬さんの真顔混じりの口調に思わず俺の声が出た。


「私は佐崎さんの実家で居候しているただの知り合いです。すみません。ここは帰りますね」


 出ていくのか。悲しい。こんなことって。


「さようなら。佐崎さん」


 こんなにも俺よりも漢らしい姿を見せられて黙ってなんかいられない。ここは――。


「待ちなさいよ!」


 すぐに止めたのは舞香だった。俺より先に言われ立場が無くなった。仕方がない。ここは静かに見守ろう。


「それ……嘘でしょ! だって持っている鞄が大きいから」

「あ」


 必要最低限とはいえ確かに持っている鞄が大きかった。さすがは舞香だ。観が鋭い。これが女の真骨頂か。七瀬さんも思わず声を出していた。


「はぁ。もう良い。訳がありそうだから最後まで聴いてあげる」


 こんなにもドキマギしたのは初めてだ。でも舞香は最後まで聴いてくれると言ってくれた。これに乗らない手はない。


「有難う! 舞香! んじゃこっちにきて座ってくれ!」


 こうして俺、七瀬さん、舞香の三人はテーブルを囲み合い話し合うことにした。日頃の行いが良かったのかは分からないが舞香にも助けられた。

 果たしてこれから俺達の今後はどうなるのか。それは未来にしか分からないことだった。

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