0‐2 最低な言い訳
許嫁の彼女こと七瀬さんが俺の部屋にあるソファに座り込んでいる。
俺はフローリングの上に置いてあるカーペットに
「はっきりしないとね。私を許嫁として受け入れてくれますか」
受け入れないに決まっている。だから即答しなければいけない。傷付くかも知れないけどこれが現実だ。俺ははっきり言うべきだ、七瀬さんに。
「悪いけど俺はまだ女性と付き合うなんて考えられない。結婚前提に付き合うなんて無理だ。だから――」
諦めてくれと言おうとした途端に七瀬さんの瞳から綺麗な涙が零れた。穢れを知らないとはこういうことなのだろうか。こんな流れは予想外だった。意外に七瀬さんは脆かった。盲点を突かれた俺は思わず気分が沈み込んだ。
これじゃ俺が悪いみたいじゃないか。確かに最低な言い訳だったと痛感はする。でもそれでも聞いてきたのは七瀬さんなんだ。これは大人の会話だしどちらが悪い訳でもない。泣くなら道筋を変えれば良い。それだけだ。
「お父様とお母様は許嫁で良いと言ってくださいました。私は嬉しかった。でも――」
俺も鬼じゃない。結婚前提は無理だけど同棲は別に良いと考えている。ここはなんとしてでも言わないと駄目だ。だから――。
「はぁ。俺も鬼じゃない。結婚前提は無理だけど一緒に暮らすくらいなら別に良い」
なによりも俺の親が認めた許嫁なんだ。きっと悪い人ではないだろう。
「本当ですか! それは私にもチャンスがあると言ってくださったんですね?」
それでも良い。俺が気に入るかどうかは七瀬さんに掛かっている。もし心変わりしたらそん時は結婚でもなんでもしてあげたい。だからこそここは――。
「そうだな。俺がもし結婚したいと感じたら式でもなんでも挙げれば良い。ただはっきりと言わせて貰う。俺には既に彼女候補がいる。それを忘れるな」
これは本当だ。俺の母さんは信じてくれなかったが彼女候補がいる。そもそもこっちにきたら紹介するつもりだったのになんて皮肉な光景なんだと痛感する。
「私……許嫁として頑張りますから! 見守っていてください! 絶対に勝ち取って見せますから!」
そんなに嬉しかったのか。こんな俺と結婚することになんの喜びがあるんだ。でもここからが本番だと思わせた訳だから後は七瀬さん次第になる。こんなにもむしろ応援したくなるなんて不思議な光景だ、俺のことでもあるのに。
七瀬さんをむしろ応援したくなるのはなんなんだ? もう既に浮気でもしているのか? これは駄目だと二回くらい首を左右に振り最後には両手で顔を叩いた。
「優しいんですね、佐崎さんって」
なんだか照れ臭いな。ここまできたからにはただでは帰せないだけなんだけどな。でもそれが優しいことになるんならきっとそうなんだろう。
七瀬さんとは深い因縁を持つのかも知れない、このまま順調に俺の心を射抜ければだけど。やはり互いにメリットがあってこそだから俺も嫌われないようにしないといけない。余り
「余り横柄になりたくないだけだから」
こうして働いて客観的に自分を見ると親がいかに大変かが間接的にだけど分かった気がする。余り強くは言えないけど同じ道を辿るなんてまだできそうにない。素っ気無い態度で乗り切るしかできない俺はまだまだ未熟者だ。
「私も見習わないといけません。ほんの少しですが佐崎さんの気持ちが分かった気がします。凄く素敵な人柄で今にも好きになりそうです」
凄い真顔で言われたな。照れ臭いを超えて思わず微笑んでしまいそうだ。これだから怖いんだ、天然発言は。でもここは素直になろう。それが一番だ。
「七瀬さんこそ素敵だよ。俺にはない陽光を感じる。俺の好きな心の温かさを持っている」
真に受けたことで七瀬さんの顔は真っ赤だった。紅潮した両頬を左右の手で塞ぎ込み喋っていた。
「やめてください! 恥ずかしいですから!」
本当に悪い人ではなさそうだ。こんなにも素直な人は貴重だろうな。まるで浄化されていくようだ。俺の中に眠るなにかが芽生えそうだった。認めるには早いけど普通に良い人だと感じた、こんなにも恥ずかしがるなんて。
「分かった、ほんの少しだけど許嫁が似合っていることが」
「本当ですか! 嬉しい! これからもどんどん頑張らせてください! どうか私の沼に気付いてください! 佐崎さん!」
「ハハ」
凄く和やかな空気になり最初とは全然違うことに気付かされた。俺が軽い笑いで七瀬さんの高笑いを引き出し気付いた時には同時に行っていた。こんな笑顔を見せられたら誰でも引き寄せられる。
そう感じながら俺と七瀬さんはほんの少しだけお近づきになれた気がした。これで俺は確信した、七瀬さんは悪い人ではなく良い人だと。
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