第10話 中東紛争④

キャンプ地から大きく離れたカリムは、煙幕の中で漂う不気味な気配を感じながら空を見上げていた。

突然、空の高みで光の爆発が起こり、彼の心臓が高鳴る。周囲の静寂を打ち破る轟音が耳を貫き、その瞬間、視界の端にヨロヨロとした動きを見せる戦闘機が映った。




「あれは…?!戦闘機が堕ちたのか?・・・一体なにがッ?」


何が起きたのか全く理解できない。しかしその時、何故か不意にジンの言葉が脳裏に蘇る。


『俺はただ、平然と子供を殺してる様な連中を1人残らずぶち殺してやりたいだけだ』


あの時のジンの目、そしてその時の冷たい怒りに満ちた声が再びカリムの中で反響する。


まさか…彼が?


あの戦闘機が、人の手によって墜とせるのだろうか?そんなことができるはずがないと否定しながらも、その言葉が彼の頭から離れない。


ジンが本当に、戦場でのあの怒りを行動に移したのか。カリムは恐怖と確信が入り混じる中、ただ墜落していく戦闘機を見つめ続けた。










パイロットは最後の力を振り絞り、機体を水平に保とうと操縦桿を引いていた。しかし、その努力も虚しく、戦闘機はゆっくりと傾きながら海面へ向かって落ちていく。


機体の腹がついに海面に接触した瞬間、轟音とともに水しぶきが激しく上がる。衝撃で全身が痺れ、彼の視界が一瞬真っ白に染まった。


戦闘機は勢いよく滑りながら水面を引き裂き、尾翼が水を巻き上げていく。波が激しくうねり、機体を飲み込むかのように四方から押し寄せる。パイロットはシートに押し付けられ、身体中に鋭い痛みが走る。


やがて戦闘機は徐々に速度を失い、波間に沈むようにして動きを止めた。機体の周囲で濁流が泡立ち、荒れ狂う海が静まりかえる一方で、冷たい水がゆっくりとコックピットの隙間から染み込んでくる。


「ゴホッゴホッ…」


パイロットは、朦朧とした意識の中、排煙だらけのコックピットから脱出すべくハッチを必死に開ける。金属のハッチがギシギシと音を立て、ようやく外に出て呼吸を何とか落ち着かせていると、ふと船体が揺れた…

その揺れは突如として訪れ、パイロットは思わず身体を硬直させる。


その時、彼の視界の片隅に異物の気配を感じ、振り返ると・・・


そこにはジンが立っていた。


まるで何もなかった場所から、いきなり現れたかのように。ジンの存在は、まるで運命の一部であるかのように、パイロットの脳裏に不安を呼び起こす。



少しずつ沈みゆく戦闘機の羽に降りたジンは、一歩、また一歩とゆっくり近づきながら、右手に持つ武器の弾薬装填部を引き抜き、一発だけの弾薬を取り出した。冷静な手つきで、その弾を装填部に込めていく。金属の感触と、弾薬が収まる際の小さな音が、静かな海の中で異様に響いた。


「お前…一体どこから…⁉︎」

ジンに気づいたパイロットは、得体の知れない恐怖を肌で感じていた。


パイロットの言葉を無視して一歩また一歩と近づくジンの動きは、まるで死神の足音のように恐怖を増幅させる。


「まさか…お前がやったのか…?!」


謎の煙幕…空中に突如現れたパラシュート…そして海の上に現れたジン。

不可解な攻撃の正体が目の前の男にあると確信し、パイロットはさらに恐怖に駆られる







ジンは頭の中でカリムの言葉を思い出していた。


『人を殺すと辛いのは殺された相手だけじゃない、君自身も、そして殺した相手の家族もだ。』


『君にその覚悟はあるのかい?』


ジンは震えていた。。。


初めて人を殺す恐怖。

自分のせいで誰かを不幸にする罪悪感が心を引き裂く


それでもゆっくりと銃口をコックピットへと向ける。。





銃口を向けられたパイロットは、ジンの殺意に怯え、恐怖に震えた。

「助けてくれ・・・ッ・・・たのむ・・ッ!」

息を切らしながら命乞いするパイロット。



その言葉を聞いたジンは、爆弾が投下されたキャンプで「助けて…お願い…」と命乞いする母親の姿が重なる。。

そして、傷ついたライラと破壊されたキャンプの悪夢のような惨状が脳裏に浮かびあがる。


溜め込んでいた感情が溢れだし、ジンの視界が赤く染まる。

「・・・お前に殺された人達はッ・・・命乞いすら出来なかったぞ…ッッ!!」


全身を震わせ、怒りと悲しみと悔しさで歪んだジンの顔には涙が流れていた。



「・・・バンッ」



強烈な反動と共に、グレネードは空気を切り裂き、コックピットの中に吸い込まれていく。瞬間、耳をつんざくような音と共に、激しい光がコックピットを包み込み、爆発とともに、戦闘機の破片が空を舞った。

ジンは一瞬、目を細めて見守っていたが、その時、何かが自分の方へ飛んできた。その物体はジンの体に当たり、弾かれ、そのまま海に落下していった。


ドボン、と鈍い水音が響く。ジンは反射的に海面を見下ろした。そこには、波間に浮かび上がっては沈む一つの影があった。


それは、さきほどのパイロットの左腕だった。


その腕が波に揺られるたび、手の薬指に小さな輝きが見えた。銀色の指輪が光を反射し、冷たい海水に濡れて一層輝きを増している。


ジンは昂った感情を抑えるように呼吸を落ち着かせながら水面に浮かぶ腕を静かに見つめた。


ジンはしばらく大きく天を仰いで、何も言わず、沈みゆく戦闘機の羽から光の中へと消えていった。



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