学部 記憶 (7)《脱臭剤》しか持ってない

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は、様々な女子に援けられながら波風ありながらも充実した日々を過ごしてきた。

 三年半の空白の後、ベーデ(元彼女)&エリー(元留学生の親友)と、大学二年で共に再会。

 しかし、彼女達からのアプローチにどう対応するか戸惑う日々。

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 誕生日の翌日がクリスマス・イブだというのは慌ただしさを通り越して丁度良い。

 翌々日だと間に一日の隙間が入ることで却って煩わしい。

 間の休みが無ければ一旦帰宅するだけで、予定的には連続しているから寧ろ疲れない。


「オハヨゴザイマス。」

「すっかり日本語だね?」

「GoがDeutsche(ドイツ語)を使って呉れナイからデス。」

「Ich entschuldige mich dafür. Prinzessin.

(それは失礼致しました。お姫様)。」


 ホテルのロビーでは、前日よりは正装したエリーが待っていた。

 一高こうこう時代のイブはベーデとの予約が入っていたから、エリーと過ごすイブは初めてだった。


「あれ? イブは其様なに派手に過ごす訳じゃないって言ってなかったっけ?」

「言いマシタよ?」

「それにしては綺麗なオベベで。」

「アベベ?」

「これから其の恰好で裸足になって四二.一九五キロ走るかい? オ・ベ・ベ。洋服のことだよ。」

「Ah、 派手に過ごすことと、着飾ることは別デショウ? それに此処は日本です。《郷にいれば郷に従え》デス。」

「ふーん。」


「どうデスカ?」

「何が?」

「待ち合わせの場所で女の子が『どうデスカ?』と訊ねている時に、日本では《景気のこと》だとか《天気のこと》だとか《世界情勢のこと》だとか言うと思いマスカ?」


「エリーは今年で二十二歳でしょう?」

「…そうデスよ。」

「《女の子》は可笑しいでしょ。…アタタタ。」

「私に言葉尻で闘いを挑んで来るとは見上げた度胸デス。良いデショウ、説明してあげマス。自分より見た目が年下だと言ったのはあなたデショウ? だから《女の子》デス。」

「(言葉尻とか言いながら手を出すなよ)…そうでした。可愛いですよ。」

「恋人であろうとなかろうと、相手が何様な女性であっても、出会えば褒める、それが礼儀というモノデス。フン。」

「《郷に入れば郷に従え》じゃなかったの?」

これは世界共通デス。」

「都合の良いこと許り世界共通なんだな。」

「イイエ、男女の仲の常識デス。」

「そうですか。でも、可愛いというより、今日は《綺麗》な部類だね。」

「何処が?」


(今日は随分絡むなぁ)と感じつつ、彼女の恰好をまじまじと眺めてみた。

 黄色というよりも独特の光沢で黄金色に近い、多分シルクのワンピースのウェストを黒い革のベルトで留め、それよりも少し丈の長いコートを羽織っている。足下は黒いストッキングに黒いヒール。一高こうこう時代とは違ったシンプルでシックな装いは、自分の言葉ではないけれど《女の子》というより《大人の女性》といった方が正しい表現だった。


「《シック》だね。」

「《シック》? 其の意味は何デスか?」

「落ち着いた大人の雰囲気。」

「アリガト。」

「コート、重くないの?」

「今は大丈夫デスよ。それに重くなったら持ってモライマスから。」

「誰に?」


 彼女は問いかけに対してニコリともしないで、其の儘当然のように僕を凝視している。


「それも常識なの?」

「そういうことを聞くのは非常識デス。」

「ああ、そうですか…。」


 クリスマス・プレゼントは当日買い。これは彼女にも伝えていた。


「今日選ぶ、ということはデパートに行って良いということデスネ?」

「別にデパートじゃなくて、近所の八百屋さんでも、魚屋さんでも、お肉屋さんでも…。」

「じゃあ、八百屋さんで露地物のトマトを買って、魚屋さんで近海物の鰹を買って、お肉屋さんで子羊を。」

「ごめんなさい…。無理を言うのがお上手ですね…。」

「デパートで良いデスネ?」

「はい…。」


 男性がウィンドウ・ショッピングに付き合うのが苦手だということも世界共通であることも彼女も知っているので、其の辺は加減をして呉れる。


「出来れば一緒に同じ売り場で選びマショウ。」


 宝石コーナー。

「日本の男は宝石を付けないよ。」


 靴売り場。

「シンデレラじゃないしねぇ。」


 食器コーナー。

「結婚式の引き出物じゃないから。」


「Goは何が良いデスか?」

「何だろう?」

「そろそろ命あっての物種デスヨ…?」

 彼女の拳骨がぐりぐりとこめかみに当たる。


「…そうだね、明日がキリスト様の誕生日でしょう? 何か因んでみようか、故事に。三博士が祝福しに来た時に何か持って来たよね。」

「Ah! 香水にシマショウ。Goは《脱臭剤》しか持ってないデショウ?」

「…僕は冷蔵庫や食器棚じゃないんだからさぁ。」


 大抵のデパートでは香水のコーナーは一階にあって、男にとっては脳髄が痛くなりそうな一角を成している。


「男物の香水ってのは、うーん。」

「高校の頃、Goも夏場だけ香水付けてましたね?」

「香水っていうか、コロン程度ね。柑橘系。」

「んん。少しだけ香るのが良いデスネ。嫌味じゃなくて、男性らしいもの。何が良いカ知ラ…。」


 こういうものにはすっかり門外漢な僕は、小さな子に引っ張られる犬の玩具のように引き回されていた。


「Ja、 これが良いデスヨ。Österreichでは一般的で、嫌味もないデス。」

「《郷に入れば郷に従え》なの?」

「日本で売られている時点で条件は満たしてイマス。」

「ふーん? アレイミス?」

「Nein、 ア・ラ・ミ・ス。Sprechst du, einmal?(もう一度、発音して?)」

「アラミス?」

「Ja, Scweitzの会社で、男性らしい香辛料の香です。」

「香辛料ってのは複雑だな。」

「でも、良い感じデスヨ?」


 彼女は試供品を眺めて一つの小瓶を手に取ると、僕の手首に寸と付けて、其処を優しく擦り、どうだという目をした。


「ん。確かに甘くはないね。」

「Ja, Ich vorbeide es zu dich.(そうね、貴男にはこれにしましょう)」


「ありがと。君は?」

「ンン、Ja, Es ist gut fur mich.(そう、私にはこれだわ)」

「君は早いなぁ。」

「湯上がりのコローニュが欲しいと思っていたところデシタ。」

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