学部 記憶 (8)僕はまるでお手玉のよう

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は、様々な女子に援けられながら波風ありながらも充実した日々を過ごしてきた。

 三年半の空白の後、ベーデ(元彼女)&エリー(元留学生の親友)と、大学二年で共に再会。

 未だ留学中のベーデに対して、同じ大学に通うエリーとは、ほぼ毎日を共にする中、彼女達からのアプローチにどう対応するか戸惑う日々。

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 小さな包みを持って、昼食の席で互いに交換する。


「ハイ。」

「はい。」

「デヘヘヘェ。貰っちゃったデス。」

「だから、僕の誕生日の時に見せて呉れた素敵な喜び方は出来ないの?」

「Was? ヌヘヘヘヘ…。」


 お得意のエ段の笑みで融けきっている娘に何を言っても通じない。


「どうして此処のお店を選びマシタか?」

「ん? イブに洋食のお店は混んでるでしょ?」

「ソウデスか。お店なら他にも幾らでもあるじゃナイデスか。」

「鳥渡は綺麗なお店に入ろうと思ったんだけど。他に人気のある有名な処は予約でいっぱいだよ。」

「若者の感覚は何処でも一緒デスネ。背伸び。」

「此処に連れてきた皮肉?」

「いいえ、此処が充分、良いお店だということは分かってイマスよ。」


(彼女、ロシア料理とかロシアって嫌いだったっけ?)


「そうそう、オイローパ音痴のGoに教えてあげマショウ。ロシアの皇室は英語を話していたって知ってイマスか?」

「え? 知らない。ロシア語じゃないの?」

「勿論、ロシア語も話しマシタけれど、家庭での共通語は英語デシタ。」

「《デシタ》って、君、見て来たような言い方をするねぇ。」

「私は世界史における武内宿禰デス。史実として有名デショ? それにオイローパできちんとした学問を受けさせている家庭ならば、母国の標準語の他にラテン語を含めた二、三か国語は話せるように教育スルのが当たり前デス。」

「(武内某って誰だよ)…不勉強ですみません。で? そういうことに不慣れな日本人の前では突然喋れない振りをして煙にまいて誤魔化す訳だ?」


「Ah、 日本人を馬鹿にしている訳ではなくて、単なる逃げ方の一つなだけデス。…Goは、皇室とか王室とか貴族とか、嫌いデスカ? 不要だと思いマスか?」

「日本では身分制が無くなって久しいからねぇ。」

「身分制が廃止されたのは、JapanよりDeutsche圏の方が早いデスヨ?」

「う、流石に細かいところを衝いてくるね。」

「フランス革命やロシア革命、オイローパの革命は必要だったと思いマスカ?」

(これは不可い店を選んじゃったかな?)


 ロシア料理が、何らかの事情で、彼女の導火線に火を点けて了ったのだろう、ということは分かっていたけれど、彼女が一高こうこう時代の事件も含めて、何故それほどまでに革命や革新勢力を毛嫌いするのか、其処まではまだ僕の理解が達していなかった。


「王室や皇室も失政の一犠牲者だと思ってるよ。」

「お家断絶に相当するだけの失政デスカ?」

「少なくとも、其の国家を代表する者として政治権力を握っていたのだから、《政変》程度じゃなくて《革命》が起こるほどの怒りを買って了った以上、其の敗者として《報復》を受けたのは、仕方のないことなんじゃない? 人類の歴史として。」


(クリスマス・イブの食事の席で造反有理の議論をするとは思わなかったな…。)


「ノブレス・オブリージュで貴族として、一国民では出来ないだけの物的、心的奉仕をしていながらも、失政があれば全ての責任を負わなければなりマセンか? ルイ十四世とマリー・アントワネットが断頭台の露と消えて、ロマノフ家の人々数人が裁判も無しにボリシェビキに惨殺されて、それでフランクの人々は、ロシアの人々は飢えから解放されマシタか?」

「唯物論的な解決ではなくて、唯心論的な解決でしょう。怒りの矛先を何処かに向けるのが革命の執行方法なんだから、最初から《人民の敵=反革命》で、其の先には《死》しかないんだって。」


「フランクも、ロシアも、それから数十年は《為政者》が変わっただけで、結局は粛正と強制労働の悪夢デス。王侯貴族は死に損デス。」

「そうだろうね。でも、歴史的には必ず揺り返しもあるから、《死刑執行人もまた死す》だよ。」

「人間は少しずつ文明の進歩を遂げても、まだまだ幼稚デス。だから今でも不変の原理がアリマス。」

「それって何?」


「強い者が一瞬でも弱さを見せれば直ぐに叩かれマス。弱い者はさらに弱い者を叩きマス。叩かれないためには、強く在り続けること、弱さを見せないこと、攻め続けることが必要デス。此の点では彼の独裁者が言った《命は弱さを許さない》という表現は的を射てイマス。」

「ヨーロッパ的な考え方だね。でも、博愛や弱さを知っている人間はどうすれば良いの?」

「其処デス。それを守るための強さを持つンデス。不条理に叩き潰されないために自分を守る、他者を守る、其のための強さを持つんデス。」

「君は、正義のために殉ずるのが正義だというのではなく、正義のための人殺しも正義だという主張かい?」

「Ja、 私の死で他者の命が助かるのならば喜んで死にマスケレド、不条理な敵の命も一つの命として、それを惜しんでまで我が身を捨てるようなことはシマセン。」


「条理・不条理の別はどうするの?」

「他者を侵すか否かデス。」

「ふーん。」


(こういう話題にのってる俺も俺だな…。)


 ロシア料理のコースを前に、一応お店的にはクリスマス・イブらしい飾り付けまでして、穏やかな扮飾を凝らしているというのに、此のテーブルでは、二人の装いこそテーブルに相応しくても、其の会話は《革命》だの《粛正》だの《喜んで死ぬ》だの、血なまぐさい話題で賑わっている。


「Ich verstehe was du meinst.

 Es hat ein sehr spirituelles und edles Thema und passt perfekt zum heutigen Kleidungsstil.

(君の意思は分かったよ。今日のスタイルに相応しい、迚も精神的に高尚な話題だ)。」

「あ…。ゴメナサイ。チョト遠慮を知りマセンでした…。」


 流石のエリーも熱く語り過ぎたと思ったのか、ナイフとフォークを持った儘上がっていた肩を意識して下ろしている。


「美味しい?」

「…ハイ。」

「気高い、って分かる?」

「Ja、 ソレが命取りになることもあると、常時叱られてマス。」

「お父さんに?」

「皆に。」

「アハハ。まだ子ども扱いなんだな。」


「Goは何処まで知っているか分かりマセンが、個人という立場を越えて政治的な主張許りをしていると、家族に叱られる通り、国に居られなくなる危険もアリマス。Goは私の考えは子どもっぽいと思いマスか?」

「もう成人なんだから、先を考えて行動しないのは《子ども》だと言われて了うだろうな。けれど、考えた上でのポリシーの気高さは、女性をより美しくする。」


「女性にとっての真剣勝負も、男性から見るとただの調味料デスカ?」

「無くても良い調味料もあれば、必要不可欠な調味料だってあるよ。」

「私は調味料無しで食せマスカ?」

「君は素材が良い。加えて調味料も魅力的だ。」

「エヘェ…。」

「折角の完成品なのに、其の一笑いで台無しだ。」

「ブウウゥ!」


 ウォトカの効いたカクテルに、二人で赤い顔をしながらホテルまで戻って来た。


「な~かなか効いたね? あれは。」

「エ? 日本人は弱いデスネ。」

「そういう君だって真っ赤じゃないか。」

「私は色が白いから目立つダケデス。今から五曲連続して踊ったって平気デス。」


 相変わらず彼女の歩みはヒール&ドレス向けに出来ているのか、今日許りは僕よりも背が高いほどの恰好のくせに、足下がふらつくこともなく堂々と歩いていた。


 丁度、ディナーの時間帯の終わり頃で、ホテル前の道もまだ混んでは居なかった。


「本当はこういう恰好のお嬢さんを歩かせるなんて、マナー違反なんだろうな。」

「まだ学生のデートで車の送迎っていうのは嫌味デスヨ。」

「そう言って貰えると有り難いよ。」

「私だって弁えるべきところはアリマス。」

「今日は、有り難う。」


 ホテルのエントランスまで近くなった。


「ドイタマシテ。此方こそデス。」


 彼女が首を少し傾げて会釈をした。其の笑顔に吸い込まれるように、此方を見詰めている彼女の肩に手を掛けて近付こうとした途端、其の身体がスウッと一瞬で目の前から消えた。雲散霧消というのではなく、まるで此方の動きの数秒未来を知っているかのような素早さで、僕の意思をくるりと綺麗にかわしていた。


 そして今度はもう少しだけ深く会釈をすると、先刻よりも魅力的な笑顔で


「Meine Herren, bitte entschuldigen Sie mich heute Abend.

(失礼アソバセ。今宵はこれで失礼致しマス。)」


 と一言残し、マントのようにコートを翻してホテルに入って行った。


 前夜の哀切するような懇願的な笑みと、今夜の一刀両断の下に斬り捨てるような挑発的な笑み、其の使い分けを知っている彼女の強さに、僕はまるでお手玉のように翻弄されていた。

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