学部 記憶 (6)彼女を拘束する一言を言っては不可ない "

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は、様々な女子に援けられながら波風ありながらも充実した日々を過ごしてきた。

 三年半の空白を経て、ベーデ(元彼女)&エリー(元留学生の親友)と、大学二年で共に再会。

 彼女達からのアプローチにどう対応するか戸惑う日々。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


 そうこうしているうちに四年ぶりのエリーの誕生日がやってきた。


「Goは、両方とも(誕生日もクリスマス・イブも)空いていマスか?」

「空いていマス。」

「じゃあ其のまま空けておいて下サイ。」

「四年前のようにパーティーかい?」

「ウウン。今年はヤリマセンよ。」

「あら、そ? (…『今年は』とくるか…)」

「私の天長節たんじょうびの日は私が準備シマス、イヴの日はGoが準備して下サイ。」

「ん。」


 両日共に会うのならば、プレゼントも二つだろう。誕生日の分は事前に考えておくとして、イヴの分はベーデとの例に倣って当日の as you like にすることにした。


 二十三日。待ち合わせて行った場所は、矢張りオーストリア料理のレストランだった。


「いらっしゃいませ…。」


 常時いつも思うのだけれど、高級そうなお店によくある此の「せ」の後の一瞬の溜め「…」は何なのだろう? 

 案内された席は植栽で仕切られた落ち着いたコーナーだった。


「ご予約戴いておりますもので、宜しいでしょうか?」

「エエ、其の儘変更なく…。」


 エリーも一瞬の溜め「…」がある。


「今日は私がご招待シマスから、明日はお願いシマスね?」

「誕生日なんだから僕がもつよ。」

「ここではエステァライヒを知って貰い度いから、私に招待させて下サイ。」

「分かった。」


 こういうときの彼女は絶対に自説を引かないから任せるに限る。


四年前このまえの時は一緒に踊って呉れマシタね。」

「冷や汗ものだったよ?」

「楽しかっタですよ。今日も踊って呉れマスか?」

「へ…?」


 店の真ん中にグランドピアノがあるのが視界に入って怖かった。


「冗談デスよ。今日は食事とお話だけ。」

「そう…。」

「残念デスか?」

鳥渡ちょっとだけ。」

「じゃあ、ソレは今度。」


 食事の間、他愛ない話で普段通り笑ったり怒ったりした後、デザートまで済んでテーブルの上が片付いたとき、僕は漸くプレゼントを出した。


「何デショウ?」

「開けて良いよ。」


 大事そうに包みを解いて中の小箱をそっと手に取り、蓋を開けた。


「わぁ、キレイ…!」


「気に入った?」


「Ja, ...wunderbar...ich glaube shoene...danke...」

(ええ、素晴らしいわ…とっても嬉しい…有難う)


「五つで全部が揃うんだ。」


「エ?」


 僕は、顔を上げたエリーに微笑みかけて、箱の中の小さな紙を指差した。


「…。」


 それはプラチナ台の上に、とっても小さいが一応宝石の付いたネックレス。

 一つ一つでも充分に綺麗な輝きをもった品物で、更に宝石の種類が異なる五つのパーツを合わせると星型になって、堂々としたペンダントになるものだった。


「いきなり完成品を渡すのはまだ無理だけど、日本に居る間に完成出来るね?」


 彼女が日本に居るということを確約しているのは修士課程修了までの五年間。少なくとも其の間は何様な立場であっても彼女の誕生日を祝い度いという僕なりの決心だった。


「Ah、 danke für ihre .....」

(ぁあ、何と言ったら…)


 嬉しそうに眺めている彼女を見ると、此方も自然に嬉しくなってきた。けれど、決して彼女を拘束する一言を言っては不可ないのだと、何処かで自分に歯止めをかけていた。


「名残惜しいデスけれど、送って呉れマスか?」

「勿論。」


 夜も更けて落ち着いた照明に変わっているホテルのロビーで、別れ際、エリーは握手から、挨拶の程度に軽く抱き着いてきた。

 強く抱き締めてあげたかったけれど、此方も手を添えてそっと受け容れる挨拶程度までに留めた。


「今日はアリガト。」

「どう致しまして。ゆっくりお休み。また明日。」

「Können wir uns morgen, heute im nächsten Jahr und heute im übernächsten Jahr treffen?

(明日も、来年の今日も、再来年の今日も、会って呉れマスか?)」


 少し懐かしい垂れ目の瞳が上目遣いで見詰めていた。


「Wenn es das ist, was die Prinzessin will, mache ich es gerne.

(姫君のお望みとあれば喜んで。)」


「アリガト。お休みナサイ。」 


 安心した表情を見せた彼女は、腕からスルリと抜けてエレベータに消えて行った。

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