学部 記憶 (4)好きこのんで一緒に居る訳じゃあない

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は、様々な女子に援けられながら波風ありながらも充実した日々を過ごしてきた。

 高校二年以来、遠く離れていた元交際相手のベーデと、親友のエリーとは、大学二年で共に再会。空白の三年半を越えて彼女達とどう接するか、戸惑う日々。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「私、少し安心シマシタ。」

「何が? 日本の生活?」

「Nein, Goがきちんと学生生活をしていることデス。」

「れれ、一高こうこうの頃の印象は大分悪かった?」


 午前中の講義が終わって、紙コップ片手に学生ホールのベンチに並んで座って居ると、エリーがホッとした様子で口を開いた。


「Österreichに戻るとき、ソレハソレハ心配デシタ。」

「ソレハソレハ、ご心配をおかけ…アイタッ」


 エリーの拳骨が右のこめかみに飛んできた。


「人がドレダケ心配したと思ってんデスカ!」

「…ごめんなさい…。」


 こんな光景が僕とエリーにとっては一高こうこう時代から継続している《普段のこと》でも、此の瞬間を切り取って見た人が居れば、それは確かに珍しいものに映ったのだろう。

 短時間でそれほどまでに親しくなるものでもなく(してや日本の大学の応援団体というものは見た目上、留学生には近寄り難いものがある。)、今の姿を見ればまあまあ《見目麗しい》部類に入るエリーが、常時僕にくっついていることからして、理解し難い様子に見えたに違いない。


「Go?」

「ん?」

先刻さっきの講義の後で、まぁた軽薄そうな男の子に言われマシタよ。」


 場所を屋外に移して、弱まってきた初冬の日差しでぬくぬくとしていると、憂鬱そうに彼女が言った。

 彼女が愚痴をこぼすときは、大抵煙草に火を点ける。


「何て?」


 僕は彼女から勧められた一本を取った。


常時いつも応援部の人間と一緒に居るけれど、脅されたりしてないかって?」

「アッハッハ、それは逆だろ。アタッ…! 誰から教わった? 鼻を叩くの、ベーデだろ!」

「アハハ、ホントに効果覿面てきめんデスネ。」

此様こんなときに試すなって…痛いなぁ…。あ、鼻血だ…。」

「ウソ! 何処? ゴメナサイ、ゴメナサイ、どうしよう…。」

「ウソだよ~…イテテテテ…。」


 鼻を鳴らしている彼女は渾身の指力で額をデコピンしてきた。


「痛てて…それで? 君は何て言ったの?」

「脅されてたら、助けて呉れるんですか? って聞きマシタ。」

「そしたら何だって?」

「こそこそ逃げて行きマシタ。まったくだらしない。私から見ると、ああいう男の方が余っ程アブナイ。」


(そういうことを言うなら、軽々しく人を叩くなって…。)


「下心スケスケで、みっともないデスね。」

「正直で良いんじゃないの? 応援部うちに対する偏見は別として。 ん?」


 二人して煙草の火を消し、芝生の上に寝っ転がると、真上からエリーがヌッと覗いてきた。


「本当にソウ思ってマスか?」

「何をさ?」

「正直で良い、って。」

「彼等の目的からすれば、直球で迷いもなければ無駄もなくて良いんじゃない?」

「狼の群に子羊が囲まれているトイウのに、よく其様な呑気な観測をしていられマスね。」

「それは逆だもの。狼の群を前にした有能な猟師だろ? 機関銃乱射で一網打尽 …!」

「オホーッ…これは此方も痛いデスネ…これは駄目だわ、使えナイワ…。」


 彼女が頭突きに後悔している。


「何を言い度いの?」

「少しは心配シナサイってコトデス。」

「誰を?」

「私ヲ!」

「何でさ?」

「…!」


 エリーがまた上から覗き込んでいる。下を見ているからなのか、昂揚しているからなのか、顔が紅潮している。


「フワックシッ!」


 僕はじっとして様子を見る心算だったのだけれど、予期せず大きなくしゃみが出て了った。


「ベエエェ! 何するデスカ!」

「アハハ、ごめん。」


 起きあがって彼女にハンカチを渡す。


「ヒイィ…くしゃみをする前には自分の口を押さえるとかして下サイ!」

「だって、君の髪の毛が鼻を擽ったから。」

「ン…もう…最低! ハンカチは貸しておいてネ!」


 彼女は顔と服を拭きながら日本文化の講義に出かけて了った。


 *     *     *


「ねぇ、駿河君はさぁ。」

「はい、何?」

「留学生と付き合ってんの?」


 彼女の容姿はかなり目立つのか、応援部の中でも、《このこと》について女子から尋ねられことるは少なくなかった。

 別段、恋愛禁忌もなかったので、誰が誰と付き合おうと、それほど興味の的になることはなかったのに、矢張り留学生がいこくじんというのは珍しいのだろうか。


「どうしてさ?」

「いっつも一緒に居るからよ。」

「俺は別に彼女とだけ一緒に居る訳じゃないけど。」

「其の反対で、彼女が貴方とばかり一緒に居るってことよ。彼女は目立つから貴方も目立つのよ。」


 成る程、そういう理屈かと納得した。今日は吹奏楽、チアの女の子三人がかりで代わる代わるの詰問だ。


「何か不可ないか?」

「いや別に不可ないとかじゃなくて、どうなのかな? って思ったの。」

「何が?」

「男の子たちは羨ましがってるけど。」

「けど?」

常時いつも貴男が傍に居るから近づけないみたいよ。」

「つまり俺が邪魔だと?」

「そういうことね。」


「別に俺から好きこのんで一緒に居る訳じゃあないけどね。頭下げて頼み込んだわけでもなし。」

彼女リーベじゃないの?」

「どうなんだろ?」

「ああしていると、彼女リーベにも見えるけど?」

「そう? じゃあそうなんじゃないの?」

「そうじゃないの? どっちなの?」


「君達はさ、三人で寄って集ってそれを確認したところでどうしようって訳?」

「否々、ただ興味本位なだけで。ねぇ。」

「どちらに興味本位? 俺? 彼女?」

「両方!」

「良いよ、全員で声を揃えて言わなくても。」


「よく海外の人と話がもつわね。」

「何で? 普通に話していれば良いだろ?」

「そういう姿勢でよ。気不可きまずくならないの?」

「よく殴られるけど、別に気不可くはならないなぁ。」

「逆じゃなくて?」

「逆じゃないよ。俺が殴られるねぇ。」

「なんで?」


「だから、三人揃って言うなよ。…気に入らないからじゃない?」

「それでどっか行っちゃったりしないの?」

「行っちゃったり、行っちゃわなかったり。」

「貴方達、一体何?」

「何だろう?」

「もう良いわ。」


 流石の知りたがりの女子たちも、僕ですら理解できない関係には匙を投げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る