学部 恋七日 (2)丁度良いから付き合っちゃおうか
【ここまでの粗筋】
天然系な主人公「駿河轟」は、様々な女子の援けがあって、中学・高校・浪人の生活を何とか充実して乗り切ってきた。
大学でも「応援」部に入部した駿河は、現在二年目。
理屈っぽいと同期に評される中、久々に恋模様のない日々を過ごしている。
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六大学野球も終わった
七帝戦では、吹奏楽やチアは、人数や機材が多い分、移動や宿泊が大変だ。太鼓と旗以外にはほぼ身一つで移動すれば足りるリーダーとは大きく異なる事情がある。
其様な中で、建徳女史は七帝戦の二年目責任者を努め、リーダー、吹奏、チアの全てに及ぶ事務作業をとりまとめていた。
四月の一件が無ければ、おそらくここまで近しく話もしなかったであろうし、またお互いの存在を意識することさえなかっただろう。しかし、今では、否応なしに建徳女史の存在を自分の中で感じていた。リーダー同期生と同じくらいに、応援部の中で信頼のおける存在だった。
彼女は吹奏楽団の中では、どちらかと言えば目立たない方だった。派手な身なりでもなく、お喋りな訳でもなく、ただ黙々と事務をこなし、気がつけば必ず下級生を食事に誘い、リーダーも吹奏もチアも関係なく接する希少な存在だった。だからこそ、例年であればリーダー二年が定席の七帝戦二年目責任者に彼女が就いていることに誰も疑問を感じなかった。
* * *
「建徳ーッ!」
「ハイ、失礼します。」
「此の間
「はい。申し訳御座居ませんっ!」
「お前幾つだ? 二十歳の大人だろっ? 返事ばっかりじゃなくて、動け!」
「ハイ!」
「お前が出来ないのなら誰かリーダーに代われ!」
「いえーっ! すぐに致します」
「今週中に、全部員の出欠確認、宿泊日程、各パートのステージ案、きちんと揃えろ! 十日も前から言ってるだろ!」
「はいっ! 申し訳御座居ません!」
「二年なりに仕事背負ってるなら簡単に謝るなよッ! 謝らなくて良いから、結果を出せ!」
「はいーっ!」
「お前が言って効かないなら、悩む前に俺に上げろ、各パートの責任者に念押しするから! ホールド・アウトするタイミング考えろ、時間の無駄だ!」
「はい、どうも、有り難う御座居ます。」
「よし、仕事に戻れ。」
「はいっ、失礼します。」
七帝戦総務は、リーダー幹部が努めている。だから、当然、建徳女史が事務仕事で相手をするのはリーダー幹部だ。彼女には、事務上では、リーダー下級生と同じ緊張感と集中力が要求された。
六月以降、彼女の目つきははっきり分かるほど鋭くなった。それまで何処となく他人事でフンワリとしていた雰囲気から、いつの間にかチアの統率感すら越え、身のこなし、仕事の消化、下級生の指導、何れをとっても卒がないほどに成長していた。
* * *
「ケントク?」
「なあに?」
彼女が偉かったのは、そうした自分の成長の中にも、直接他人と接するときの柔らかさを失わなかったことだった。リーダー上級生は、自分の成長とともに、下級生と接する際にも厳しさを増していく。
「大変だな、普段なら俺たちがやってる仕事なのに。」
「大変だな、なんて言われても嬉しくない。応援部にリーダーも、吹奏も、チアも関係ない、って言ったのは駿河君だよ?」
「そうだけど、此の儘いくと、俺達が
「馬鹿なこと言わないの。ほらほら、君たちの参加日程表を早く整理して頂戴よ。一番遅いのリーダーだよ?」
「これは、失礼をば…。」
* * *
「はい、お電話代わりました、私、七帝戦総務補佐、二年目部員、建徳優奈で御座居ます。」
七月に入ると、他大学からの電話も増えて、部室に籠もっている彼女の姿が目立つようになった。
「ケントク~、俺達もう帰るぞ?」
「あ、
新人の部室掃除が終わっても日程や人数、ステージ構成の調整をしている彼女は毎日のように、日付が変わる頃まで部室に残っていた。
* * *
漸く七帝戦の行動予定、ステージ構成の全てについて幹部の了承を得て、建徳女史の仕事が一息ついた。
「ハイ、どうも有り難う御座居ました。失礼致します。…。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。」
彼女は幹部席に一礼してから、下級生が溜まっているソファーに向き直ると、一気に息を吐いた。
これには今の今まで鬼のような顔で報告を聞いていた幹部の面々も苦笑いしている。
「お疲れ。」
「ホントに疲れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
「甘いものでも食べに行くか?」
「ホント? 嬉しい、行く行く!」
僕は彼女を連れて、フルーツ・パーラーに行った。
「へぇ、リーダーでもこういうお店知ってるんだ?」
「人を何だと思ってるんだ?」
「うそうそ、此の二か月でもう私の中の三パートの
「そりゃ、あれだけ駆けずり回っていれば、、、、」
「でしょう? 勉強になった。あと、応援部入って良かったと、心底思えたわ。」
「良かったねぇ。」
「うん。後は七帝戦を前にして倒れないようにだけ気をつけるわ。」
* * *
部室に戻る途中、小さな池の横に誘った。
「ああ…久しぶりだなぁ…外でゆっくりするのって。」
彼女は、トレードマークの眼鏡を外して、上着も脱ぎ、伸び伸びとしている。
「ずっと部室に籠もってたものなぁ。」
「はい、お電話代わりました、私、七帝戦総務補佐、二年目部員、建徳優奈で御座居ます。って?」
「見直したよ。っていうか、尊敬した。」
「嫌よ、其様な改まって、恥ずかしい。」
「ケントク?」
「へ?」
彼女は、普段のように成長した芯の強さとは別の、人当たりの良い、抜けたような笑顔で此方を向いた。
「彼氏とか居る?」
「は?」
「だから、彼氏。」
「うわ、もう何年も聞いたことのない言葉だから、単語自体を忘れてたよ。」
「居ないんだ?」
「居たとしても、此の忙しさだったら、とっくの昔に愛想を尽かされてるよぉ。」
「そうだな。」
「リーダーって、彼女居るの?」
「それは人によるなぁ。」
「駿河君は?」
「へ?」
「私には聞いておいて、自分では言わないの?」
「あ、いやいや、居ない。」
「綾瀬先輩とお付き合いしてたんじゃないの?」
「してた。」
「過去形かぁ?」
「そう。」
「ふーん。」
彼女は、鳥渡
「俺とは付き合えないかな?」
「え? 私が?」
「そう。」
「う~ん。」
「急に言ったから、今、返事を貰わなくても良いんだけど。」
「ううん、今、お返事出来ると思う。ほんの少しだけ待って。」
彼女は頭の中で言葉を整理している。そして、小さく自分で頷くと口を開いた。
「あのね?」
「うん。」
「今の自分の身の回りで、誰かと付き合うとしたら、それは駿河君だと思う。」
「うん。」
「でも、其処まで駿河君と積極的に付き合い度い、という気持ちにはならない。」
「うん。」
「ごめんね。はっきり言って。」
「否、はっきり言われた方が良いよ。」
「気落ちが熟していない、ていうんじゃなくて、何て言うのかな、男も女も突き抜けちゃったから、今更ながら、彼氏とか彼女とか、其様な風に思えない。駿河君だって、そうなんじゃない? 自分で言っていて、何か変に思えない?」
「
「ほら。そうでしょう? 先刻、微妙な間合いっていうか、駿河君の言葉に「勢い」が感じられなかったもの。」
「勢い、か?」
「そう、駿河君だったら、本当に私に女性を感じていて、私を《彼女》っていう存在として欲しているなら、もっと勢いのある言葉で伝わってきた筈よ。なのに、何処となく《丁度良いから付き合っちゃおうか》みたいに聞こえた。」
「あう、…ごめん。」
「良いのよ。言葉を換えてみれば、私を仲間として認めて呉れたようなものだから。それはそれとして嬉しい。」
「そうか?」
「そうよ。だから、いずれどうなるかは分からないにしても、まあ、今は男も女も抜きにして、普段一緒に居られたら良いじゃない。先刻の言葉からすると、どうせ《彼女》として成立したって、何をどうするか、全然考えてなかったでしょ?」
「そう言われれば、そう、だな…。」
「ほら、矢っ張りだ。駿河君が私に感じてるのは
「ぼーっとしている間に理屈でケントクに抜かれちゃったな。適わないや…。」
「ダメよ、しっかりして呉れないと。少なくともリーダーは貴男達にかかってるんだから。」
「はあ…。ケントク、僕等の代になったら、女性初の主将をやらないか?」
「馬鹿言ってるんじゃないの。それは其の時のこと。全力尽くすんでしょ?」
「ああ、仰有る通りで。」
僕の大学二度目の恋らしきものは、熟す前に「恋もどき」で終わって了った。
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