学部 恋七日 (1)自分で壁をブチ壊さなきゃ
【ここまでの粗筋】
天然系な主人公「駿河轟」は、様々な女子の援けがあって、中学・高校・浪人の生活を何とか充実して乗り切ってきた。
学生時代三度目となる「応援」部に入部した駿河は、部のOGに「正しい学生生活」の教練の後、晴れて二年に。
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綾瀬先輩の卒業で、僕には再び学問と応援団しかない生活が始まった。
春合宿が終わって残ったリーダー部同期は三人。これまでの一年間、増えもせず、減りもせず、まあそれなりに各々の個性を出しながら支え合ってきた三人が其の儘、上級生となった。吹奏楽団の十三人、チアの八人に比べると人数は少なかったものの、最低限の役割分担は出来る人数だった。
* * *
四月半ば、新入団員の数も落ち着いてきた頃、解散後、同期の吹奏楽団員、
「駿河君?」
「え?」
「ごめん、
「何?」
「今日、
「そりゃ大変だね。新人十六人に対して二年生二人じゃ。」
「そうなの…。」
「で、リーダーもご一緒に、てか?」
「お願いッ!」
彼女が両手を合わせて最敬礼している。
「チアは?」
「チアは…ほら…危機察知能力に長けてるから…。」
「アハハ、逃げ足早ぇな、もう行っちゃったんだ?」
建徳女子は黙って頷いている。
「まあ、今年も全体新歓の費用はリーダー抜きだし、良いぞぉ。其の代わり…。」
「其の代わり?」
「今度、
「OK! それこそお安い御用!」
特にリーダー下級生としての予定も決めていなかったので、其の日に参加可能なリーダー新人は二人。リーダー二年生で自由が利く人間は僕一人。普通に食事に連れて行けば僕一人で三人分を出せば良い日だった。其処に吹奏楽部が混合となったことで、新人は合計十八人、二年生は三人、二年生一人当たり六人の負担になった。
* * *
三次会まで済ませてお
「ごめんね、いきなり倍の負担にさせちゃって…。」
「いやぁ、此方こそ、俺が入ったくらいじゃ其様なに負担減にならなかったでしょ?」
「ううん、全然違う。それに金額許りじゃなくて、リーダーが来て呉れると、色々安心感もあるし。」
「そう?」
「矢っ張り大黒柱だから。」
「頼られるのは嫌じゃないけど、リーダーだけの応援部じゃないぞ。」
「でも、ごめんなさい。今日は、負担してもらって。」
「そういうことじゃなくて、リーダーだけが何か背負っているように見るのは違うってこと。」
「だって、実際、練習量や質が違うでしょう?」
「それは
「あるわ。」
「夫々が極めてるんじゃないのか?」
「理屈ではそうだけれど。」
「リーダーだけが大変だ、なんていう考え方が固まって了うのは、俺ぁ嫌だな。」
「吹奏楽団もチアももっと気合い入れろってこと?」
「違う、違う。他のパートの練習内容に口を出す気なんかないし、其様な能力もないさ。でもチアだってブラスだって『極めてるんだろうな』、と思って接してるし、リーダー下級生にもそう教えてる。」
「私達、甘えてんのかな…。」
「そうは言わないさ。でも、そんな先入観で萎縮したりしていないでさ、常に自分達も一生懸命だって、そう考えてやっていれば活動も活発になるんじゃない?」
「其の意見は参考になるわ。」
彼女のマンションの前で丁度話の区切りがついた。
* * *
其の話が契機になったのか、彼女は、自分が下級生を食事に連れて行く時は、リーダー、チアを問わず下級生に声を掛け、僕等リーダー二年が居れば、勿論僕らにも声を掛け、成る可く三つのパートが混在するように動き始めた。
* * *
「今更だけどさ。」
「なぁに?」
居酒屋の小上がり席で、座が少し落ち着いてきた頃、建徳女史が丁度真正面に座った。
「建徳さんて、どうして応援部に入ったの?」
「え? 恥ずかしいなぁ。」
「何でよ?」
「
「何だい? 不謹慎て。」
「友達と一緒に部活見学に来たら、最初は友達の方がやる気満々で見に来たのに、いつの間にか私が入団してて友達は交響楽団に行っちゃって。」
「それで不謹慎かい?」
「そう…。」
「まあ最初は興味が無かったにしても良いんじゃない。全然不謹慎なんかじゃないよ。」
「私にとっては予想もしなかった入団よ。付き添いの心算で来ただけなのに。」
「でも、一年間終わって、合宿だって乗り越えたんだし、こうしてバッヂも付けてる。」
「それは…だって始めたら始めたで中途半端な形にはし度くないもの。」
「其の意気でお互い突っ走り度いね。」
「リーダーと一緒の速さは無理よ。」
彼女がそう笑いながら席を立つと、リーダー新人が正面に座った。
「コンチハッ、失礼します。」
「おう、大丈夫か?」
「ハイ、大丈夫で御座居ます。」
「お前、成人か? 無理な飲み方しないで良いからな。無理をすれば迷惑をかけることになる。」
「私は遅生まれ、四月四日の産で御座居ます。どうも有り難う御座居ます。」
「そうか。努力、精進と、無理、無茶を間違えるなよ?」
「ハイ。しかし…」
「どうした?」
「同じ新人で、吹奏と、チアと、どうして苦労が違うのでしょうか。」
「《苦労》が違う? 日本語が正しくないな。それは極めるものが違うからであって『感じ方が違う』だろ?」
「いえぇ。同じ応援部で、温度差があるのは良くないと思います。」
「何の温度差だ?」
「活動に対する真剣度、というか。」
「真剣度に違いはないだろ。お前が手振りに必死になっている間に、吹奏はロングトーン、チアは股上げに必死になってる。」
「はい、そうは申されましても、どう見ても吹奏やチアには余裕があるように。」
「そう思えるようなら、それは《お前》の精進が足りないんじゃないのか?」
「はい、そうでしょうか。」
「正直言えばな、確かにリーダーは目立つから「一生懸命」の逃げ場がない。吹奏やチアは人数が多い分、自分で適当にしようと思えば何とかなって了う、ということがない訳じゃない。それでも、それが全員ではないし、それではお前が言う通り一緒に応援部をやっていられない。」
「ハイ。」
「だからといって、最初から吹奏やチアは手抜きが出来て楽だ、なんて先入観を持って見たら、それこそ応援部としての体を成さないだろうが? 信頼関係の問題だ。」
「ハイ。」
「お前が、そういう心配を持っているのなら、愚痴を口にするよりもだ、自分自身が精進すること以上に、こういう場を利用して、お互いを高められるよう、研鑽を積んでいくことが必要なんじゃないのか?」
「ハイ。」
「もう大学生なんだから、相手の欠点を探そうとするよりも同じ屋根の下で活動する仲間として成長を目指せ。」
「ハイ。どうも有り難う御座居ます。」
* * *
六大学野球の春季リーグ戦が終わり、野球部との打ち上げも無事終了した。
二年目部員だけでの打ち上げの席、建徳女史は二次会で僕の隣にやって来た。
「お隣、良い?」
「どーぞっ!」
「酔ってる?」
「否、大丈夫だよ。」
「駿河君て、ストイックだね。」
「は? そんなこたぁない、臆病なだけだよ。」
「謙遜しなくて良いって。」
「否、そう映るだけさ。其の証拠に他人に厳しい。」
「良いじゃないの、自分にも厳しければ。」
「厳しかないさ。
「ほら、それがストイックなんだって。」
「やりきれないから演じてるだけさ。一皮剥けばただの怠け者だよ。」
「うーん。強情だなぁ。」
建徳女史が腕組みをして眉に皺を寄せている。
「ケントクはさぁ…。」
「何?」
「下級生を鍛えてる?」
「鍛えてるよ。駿河君と話すようになってから。吹奏楽団として極めるようにしてる。」
「ありがと。」
「いえいえ、だって自分達のことだし、部全体のことだし。」
「そうそう。部のことってのが大事。」
「駿河君は、そういうところ、バリバリの理論派の活動家だよね。」
「へ?」
「だって、
「そうかぁ?」
「そう。だからリーダー下級生も文句を言わないんじゃないかな?」
「いやぁ、奴等、不満タラタラだぞ。」
「それは辛ければ不満も出るわよ。吹奏だってチアだって一緒。」
「其処まで分かってれば、ケントク、リーダーに移ったら?」
「酔ってるでしょ? 移れる訳ないじゃないの。」
「否、俺はリーダーが男だけなんてのは可笑しいと思ってるぞ。」
「本気で?」
「本気、本気。」
「じゃあ、チアが女だけなのは?」
「それも可笑しいと思ってる。」
「矢っ張り酔ってる。」
「じゃあ、バレェは女だけか? 男だって居るだろ? ダンスだって、フィギュアスケートだって、男も女も両方居る。」
「ほうら、またお得意の理屈が始まった。」
「理屈に適えば、やっちゃ不可ないことなんか無いんだ。」
「何処まで本気なの?」
「
「駿河君だと本当にやっちゃいそうだから怖いわ。」
「まあ、実践するかどうかは別にしても、いつでもそう出来るくらいのフレームワークの柔軟性と、中身の屈強性は持って居度いもんだな。」
「私で出来ることがあれば協力するわよ。」
「じゃあ、リーダーにおいで。」
「だから、そう簡単にはいかないって。」
「自分で壁をブチ壊さなきゃ、誰も壊しちゃ呉れないって。」
「そうだけど…。」
「あ、ごめん。言い過ぎた。強制する心算は毛頭無いんだ…。済まん。」
「ううん。大丈夫よ。意見の一つとして聞いてるから。」
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