学部 新人責任者 (5)少しは成長したからヨシ

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は、様々な女子の援けがあって、中学・高校・浪人の生活を何とか充実して乗り切ってきた。

 学生時代三度目となる「応援」部に入部した駿河は、現在、部のOGに「正しい学生生活」の教練を受けている最中。

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「何? 部活のしごと?」


 部屋に戻ると綾さんは何でもない顔をしてノート類を包み直していた。


「いえ、伝達事項でした。」

「そう、じゃ、お昼でも食べに行こうか?」

「ごっつあんです。」


 *     *     *


「綾さんは、何故彼氏がいらっしゃらないんですか?」

「直球でくるわね。何故だと思う?」

「ナルシストだから、ですか?」

「は?」


「あ、違いますか。一高こうこうの時、そういう先輩がいらして。」

「ナルシストだったら、此様こんなに簡単に自分に抱き付かせないわよ。」

「いやぁ、心境の変化とか。」

「違う違う。めんどくさくて断っているうちに幹部になっちゃったのが本音。」

「そうですか。」


「幹部になったら、少しは時間が出来るだろうと思って、じゃあ此処は一つ下級生の中から選り取りみどりで、と新人責任者に立候補したんだけど、今年の新人は見事に女ばーーっかり。」

「悪事は成功しませんね。アタタ。グーで殴るのは止めて下さい、グーで殴るのは。」

「気がついてみればもう卒部で、周りは全部予約済み。残ってるのは君だけだった。」

「おわ。残り物ですか。」

「運良く君が独り者になったからね。まあ、これも運命かな、と思って。」

「うぇぇ、それをうかがっていたら、僕はOKと返事をしなかったかも知れません。」

「あら、君にも矜持プライドがあるのね。」

「そりゃありますよ。」

「怒ってる?」

「怒ってはいません。男目的などというのは新人責任者としての綾さんのお背中を拝見していれば直ぐに嘘だと分かりますし、それに…、結果が良ければ契機きっかけは何でも良いと思いますし。」

たまに良いこと言うわね。」

「らしいです。」


 僕は前リーダー責任者の三上さんから、綾さんが女性で初めての新人責任者になると決まった経緯いきさつや、そうと決まった時からリーダー下級生と練習を共にし、新人を迎える直前の春合宿ではリーダーと共に仕上げを乗り越えたことを聞いていた。

 チア・リーダーでも当然のことながら筋力はついているけれど、リーダー特有の腕使い、発声、負けん気までを体得するのは幹部でも容易なことではない。それを成し遂げられなければ新人責任者の役は解除され、役職の無いヒラ幹部になることも覚悟の上というのだから、年下の恋人捜しなどという邪な理由ではないことは明白だった。

 中学校で綾さんとは全く面識もなかったのに、その団室で見た寄せ書きにあった綾さんの言葉は頭の中にくっきりと残っていた。


 ―己の才能を眠らせること勿れ、

  友の努力に負けること勿れ、

  自らが太陽として常に前を照らし出せ―


「…綾さんは、僕で良かったんですか?」

「まあ、面白いから良いわ。」

「面白いですか。」

「判断基準は色々あるのよ。」

「まあ良いです。」


 *     *     *


 一月は往ぬ、二月は逃げる、三月は去るとは良く言ったもので、あっという間に綾さんの卒業も近付いてきた。


「卒業式は何日ですか?」

「二十三日」

「春期合宿の前々日ですね。」

「そう。」

「お世話になりました。」

「卒業式まではまだ日があるわよ。」

「妙なものですね。」

「何が?」

「いえ、卒コンの前にお申し出を受けてから、これまでの三か月がです。」

「どうだった?」

「大変勉強になりました。」

「それだけ?」

「ん~、心の支えになりました。」

「よしよし。」

「心からお礼を申し上げます。」


 教えられた通り、少し自分に正直に、少し先読みをして彼女を抱き締めた。


「ん。大分上達したわね。」

「変な会話ですね。」

「喋ってるから変に思えるのよ。」

「ああ。成る程。」

「こう言うときは、喋らなくても良いの。」

「時間がもたなくありませんか?」

其様そんなことないわよ。喋らなくても良い感情の伝え方があるでしょう…。」


 *     *     *


「本当に手の焼ける子ね。」

「『子』ですか、まだまだ矢っ張り。」

「みんな、君にそう言ったでしょ? 今までの女の子は。」

「はぁ、大なり小なり。」


「まあ、男の子は、いつまでも子どもだから。」

「そういえば、綾さん、四歳も年上でしたよね。」

「こら、歳の話はしないの!」

「失礼しました。」

「じゃあ、私が出来ることは此処までだわ。」

「え? だって卒業式まではまだ日があると…。」

「もう明日の朝には、N商の研修に出発するから。」

「それはまた、急ですね。」

「急な方が良いのよ。こういうことは。」

「別れ、ですか?」

「人が折角意識しないようにしているのに、口にするんじゃないのよ…。」

「申し訳ありません。」


「何もしてあげられなかったけれど、君には眼の前のことに立ち向かう勇気がある。その勇気の鉾先を眼の前のことだけじゃなくて、少し先の将来のことまで伸ばしてみなさい。『今』だけじゃなく『これから』を夢みて。願えば叶うだけの力が君にはあるんだから。」


 綾さんの言葉が、本当に別離が近いことを物語っていた。


「大学を去られても…」

「駄目…それを言わないの。」


 咄嗟に口から出た僕の言葉を綾さんははっきりと遮った。


「ここから先は、君の大学生活。もう去りゆく身の私のことなんか引き留めないの。中途半端で無責任だと言われるかも知れないけれど、これからの三年間は君が切り拓いていく新しい道なんだから。古い道案内は要らない。」

「其様な…古い…だなんて。常時いつも期待外れの不肖の弟子で申し訳ありませんでした。」

「まだまだ不勉強だけど、少しは成長したからヨシとしてあげるわ。」

「有り難う御座居ます。」

「職に迷ったらいつでもいらっしゃい。出来る限りのことはしてあげるから。」

「どうも、有り難う御座居ます。心に刻んでまいります。」


 素直に感謝の気持ちをもう一度表現した。

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