学部 新人責任者 (3)女性のタイプくらい気付きなさい

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は、同窓の浪人女子「ソウシ」の御蔭もあって一浪の後、漸く大学に合格した身。

 しかし、学生時代三度目となる「応援」部に入部した駿河は、彼女との様々なすれ違いから静かに別れを迎えた。

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「駿河。」

「ハイィ。失礼します。」

「お前は旗手長でもなく、主将でもなく、リーダー責任者に向いている。当然、リーダー責任者は消去法で出来るようなものではない。今から二年後に相応の責任者と成れるよう、心と身体を鍛えろ。」


 リーダー責任者を引退する三上さんから、上級生の幹部交代時期前の耳打ちがあった。

 一年のリーダー同期は三人。順当に進めば、二年後には一人が主将、一人がリーダー責任者兼副将、一人が旗手長兼総務を担うことになる。

 実際には年が明けてからの春合宿で旗手長への候補者を絞るのが道筋ではあったけれど、体格から考えても僕が旗手長になるということは妥当ではない、というのは至極当たり前の判断だった。


「ハイッ。有り難う御座居ます。全力で精進致します。失礼します。」


 僕のところにリーダー責任者候補の話が来たということは、同期の他二人は主将と旗手長の候補を了承したということだろう。

 二日後の練習解散後、綾瀬先輩が夕食に誘って呉れた。


「何でも良いわよ。どうぞ好きなものを頼んで。」

「失礼します。どうもごっつあんです。」


 インド料理レストランで、下級生のたしなみとして、とりあえず最も量の多そうなコースを選んだ。


「じゃあ、私はこれ。」


 僕がオーダーを済ませるのを待ち、先輩は水を一口飲んでから、話を切り出した。


「此の間、三上君から耳打ちがあったでしょ?」

「ハイ。頂戴致しました。」

「新人責任者として相談された私としては、君を主将候補に推したんだけどね、三上君はどうしても駄目だ、って譲らなくて。」

「ハイ、どうも有り難う御座居ます。」

「まあ、旗手長を除けば、君にはどっちもどっちだとは思うんだけどさ。」

「ハイ。」


 先輩が腕組みをして眉間に皺を寄せている。


「私が心配してるのは、君がリーダー責任者になった時、其の理詰め具合からいって、あまりに隙の無さ過ぎる状態にならないかな、ということ。」

「ハイ。」

「主将は幾ら厳しくても、実際に動くのは各部だから心配無用なんだけど、リーダー責任者が厳しいとそれを止める人間が居ないから。」

「ハイ。」


 指摘されれば其の通りで、自分でも優柔不断な割には頑固だと思うし、他人に厳しいし(嫌な性格だと思う)、一度決めたことをなかなか改めないのも悪いところ《だとは》感じていた。

 もっと悪いのは、それに気付いていながら全く改まってないことだった。


「君は、自制コントロール出来るか知ら?」

「失礼ながら、今から二年後のことは確証をもって想像出来ません。」

「そうよね。だから心配なのよねぇ。」

「ハイ、申し訳御座居ません。」


 先輩が唇をヘの字に曲げて眼差しを横に落とした。


「まあ、幹部になるまでに、これからまだ二人のリーダー責任者に仕える訳だから、それなりに勉強にもなるとは思うんだけれど、其のことだけ頭の中の隅っこに置いといて。突っ走った時の君の最大の長所でもあり短所でもあるから。」

「ハイ、有り難う御座居ます。」

「じゃあ、部活のことはこれで終わったから、後は姿勢も楽にして平口で良いわよ。」

「ハイ。どうも有り難う御座居ます。失礼します。」


 先輩もスーツの上着を脱ぎ、横の空いている椅子にそっと置いた。

「彼女とは? 其の後、どうなった?」

「女性の方は、恋の話がお好きですね?」

「そりゃ当然でしょ。」


 グラスに口を付けた儘此方を興味津々で眺めている。


「先日、到頭フェード・アウト致しました。」

「あら、それは、それは…ごめんなさい。残念だったわね。」

「いえぇ、こればっかりは相手のあることなので、仕方がありません。」

応援部うちに入って居なければ続いたんじゃないの?」

「先輩ならば、《そういうものではない》ということもご存知でしょう?」

「まあ、何につけ部活動を《出来ない》ことの所為にするのは見当違いだとは思うけど。」

「其のご多分に漏れず、入部していようといまいと、結果は同じだったと思います。」

「何故?」


 少し身を乗り出して首を傾げる先輩の様は、先程までとは打って変わった普通の女の子の所作しぐさそのものだった。


「浪人時代という、四六時中一緒に居る時間が長かったからこそ続いた関係だったのだと思います。」

「ふーん。普通は逆のような気もするけれど。一緒に居る時間が長くなるほどに気詰まりするとか。」

「そうですね。しかし、そもそも逆の時期に始まった交際でしたから。」

「じゃあ、今はフリーなんだ?」

「はい。これで心配せずにリーダー責任者を目指して精進出来ます。」


「ほら、矢っ張り馬鹿真面目に其方に行く。それが駄目なんだって言った許りじゃないの。」

不可いけませんか?」

「君は、残りの自分の三年間をだけで終わらせる気?」


 先輩は手にした扇子の先でビシッと僕を指し示した。


「何か不可いけないのでしょうか?」

不可いけなかないけど…。先刻さっきも言ったでしょ? 応援部うちにとっても、君の視野が狭くなるようなことは、余りお薦め出来ないなぁ。」


 更にザバッと扇子を開き、そよそよと風を感じながらのお説教である。


「狭くなるでしょうか?」

「何でも一通り経験をしておかないと、他の学生の気持ちは疎か、下級生の気持ちだって分からないわよ。日常生活があってこその部活動、というのも念頭に置かないとね。ただの応援部馬鹿ってのは鳥渡…ねぇ。普通の馬鹿より始末が悪いわ。」

「…はい。」


「部活に集中するのも大事だけれど、それだけを絶対視しちゃ不可ないわ。駄目よ。」

「そう言われましても…。」

「絶対視すれば、部外そとの学生は勿論、部内なかからも支持は得られないでしょ。」

「…はぁ、勉強になります。」

「大多数を支えている『ごく普通の学生』がどういう生活をしているのかが分からなければ、副将として学生動員なんか出来やしないんだから。」

「言われてみれば全く其の通りで。」


 僕の言葉に心配そうに頷くと、先輩は水を一口飲んで続けた。


「そうね、君の場合、彼女が居なくなったら、新しい彼女を作る努力をなさい。」

「へ?」


 運ばれてきた料理を口にしながら、先輩は続ける。


「と、言われてもそうそう簡単にはいかないわよね。」

「当たり前です。」

「誰か心当たりとか、気になっている人とか、居ないの?」

「ん~…。」

「同じクラスとか、同窓とかは?」

「ん~…。」

「もう…情けないわねぇ…。」


 本気で悩み込んでいる僕に、先輩の眉がハの字になっている。


「申し訳御座居ません。 (待てよ? これはどっかで同じことを言われたな…。)」

「ん? どうかした?」

「いえ、中学の一年目の時にも幹部の方に同じようなことを言われたなぁ、と。」

「へえ、誰?」

「現在、某大でチア・リーダー部長をされている小林先輩です。」

「えーっと小林、小林…? ああぁ、ヘルツね。」

「はい。七帝でもよく二人でお話しされてましたね。」

「私が一中応援団で幹部の時の一年だもの。然も私の補佐サブ。」

「うへぇ…。」

「何よ?」

「私は、小林ヘルツ先輩の補佐サブでした。」

「あはは。じゃあ、君は私の孫補佐サブね。」


「それにしても世間は狭い、ですね。」

「彼女が此処に居たら、もっと狭かったわね。」

「笑い話にもなりません。七帝で年に一度お会いするから丁度良いくらいで。しかし、中学校で二期下の方が、他大学とは言いながらも同期で幹部、というのもお互い大変ではありませんか?」

「え? 別にぃ。此処で同期だっていうのなら考えちゃうかも知れないけど。うーん、彼女は鳥渡ちょっと気を遣ってるかもね?」

「七帝でお二人が話している時って、矢張り小林ヘルツさんの背筋がピン伸びていたような気がします。」

「其様なぁ、私が苛めているように見えた?」

「いいえ、其処までは。」


「それで、中学時代に私が彼女に『好きな人の一人くらい作れば?』って言ったのを、彼女は君に其のまま言った訳か。」

「そして先程、先輩からご先祖様直々のお言葉を頂戴しました。」

「そうかぁ、で? 君は一中ピンの時、実践したの?」

「其の時は小林ヘルツさんに『好きです』と言い、其の後は、まあそれなりに色々と。そして現在に至ります。」

「アッハハ、彼女も私に『好きです』と言ったわよ。矢っ張り所詮すり込みみたいなものなのね。」

「新人にとって幹部方は親も同然ですから。」

「そうか…分かった。…じゃあ、私が直々に恋も含めた普通の学生生活ってのを教えてあげる。」

「はぁ?」


 先輩を見ると、何事でもないように此方も見ずに食事を続けている。


「卒部すれば全てがフリーだし、就職も決まってるし、卒論もほぼ終わっているし、丁度暇だったのよ。」

「そういうものでしょうか?」

「良いのよ。遠慮しなくても。練習なんだから。」

「畏れ多いです。」

「私じゃ不服いやだとでも?」

「いぃえ滅相もない。」


 顔を上げて真っ直ぐ睨む眼差しに射竦められ、僕は逃げ場を失った。


「何も本気で付き合え、って迫ってる訳じゃないのよ。卒業までの間の暇潰しっていったら君に失礼かも知れないけど、これも向学のためだと思って付き合いなさい、と言ってるだけ。」

「だけ、っていうような内容ですか?」

「そうよ。部のことも弁えてるから無理も言わないし、アドバイスも出来る。君自身が嫌でなくて、他に適当な相手も居ないのなら格好の相手じゃない? それに本当の相手が出来たなら、私は人知れずさっと身を引いてあげるから、その辺も心配要らないわ。」


 ナイフの先で此方を指しながらの物騒な指摘だ。


「それほどまで仰有って戴けるのであれば、私には、頑としてお断りするだけの理由が御座居ません。寧ろ勿体ないくらいのお話で。」

「そう、じゃ、決まりね。」


 僕の動揺とは裏腹に、先輩は相変わらず、何でもないことのように食事を続けながら口にする。 


「どうぞ、お手柔らかによろしくお願い致します。」

「いえ、ビシビシいくわよ。」

「はぁぁ…。」


 僕は練習の後半のように、腕の先から力が抜けていくような感覚に襲われた。


「何?」

「…常時いつもそうなんです。」

「何が?」

「こう何というか可愛い妹的というか、平和に、穏やかに交際が続くというのが未だ嘗てなくて。」

「だって、君にはそういう娘はどう考えても似合わないもの。」

「そうでしょうか?」

「もうこれくらいの年齢になったら、自分に似合う女性のタイプくらい気付きなさいよ。」


 呆れたような表情で此方を見られると、何やら本当に自分でも情けなくなってくる。


「えぇ? もう変わらないんですか?」

「間違いないわね。君には妹タイプじゃなくて、決断力の無さを其の都度叩き直して呉れる勇気と、其の後の猪突猛進を戒めて呉れる力強さを兼ね備えた強い女性じゃなければ、到底相手は務まらないわよ。もう諦めなさい。」

「…。」

「さ、食べ終わったら行くわよ。」

「どちらにですか?」

「男女二人で食事が終われば呑みに行くにきまってるでしょ? いらっしゃい、普通の学生の呑み方ってものを教えてあげるから。」

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