学部 キキとした天性 (4)イカカイって知ってる?

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は漸く大学に合格した身。

 充実した中・高時代の反動で失敗した大学受験も、同窓の浪人女子「ソウシ」のおかげで何とか乗り越えた。

 進学先では、学生時代三度目となる「応援」部に入部。同窓の先輩女子「綾瀬」と出会い、早々に懐き始める。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


「駿河! お電話!」

「ハイッ、有り難う御座居ます。」

「サンジョーさん、って女性の方。」

「ハイッ。」


 さ~あ、どっちの三条だ?


(どちらにしても、これだけ無沙汰してれば最初は詫びからだな…。)


 寮の呼出電話の受話器をとる。


「はい…駿河です。」

「…。今、『どっちからだ』って迷ってたでしょ?」

亜惟の方ベーデだな?」

閑香の方シィちゃんじゃなくてお生憎様。」

嫉妬ジェラシーか? みっともないぞ。」

「誰が? 馬鹿言わないでよ。」


「それはそうと、電話有り難う、よく此処が分かったな。」

閑香シィちゃんから一高こうこう時代の貴男の同級生を通じて聞いたのよ。私達にぐらい、ちゃんと節目の報告はして頂戴よ。此方だって気を利かせて一年間ずっと連絡を我慢していたんだから。」

「ごめん。悪かった。大学入ると色々忙しくて。」

「そうね、おめでとう。彼女が出来たって?」


 ベーデから此の一言が出るとは予想していなかった。


「おめでとうって、どっちに掛かるおめでとう? 大学? 彼女?」

「先ずは大学よ。彼女の話は内容を聞いてからよ。」

「…誰から聞いた?」

「女子は何でも筒抜けよ。」

「つくづく、おっそろしいな。」

閑香シィちゃんどうするのよ?」

「彼女とも全然連絡とっていなかったし、来年大学生なんだから、俺なんかより、余程良い縁があるだろ。」

「まあ、それもそうかも知れないわね。あの娘はもう少し経験を積んだ方が良いし。」

「海千山千のお前のようにか?」

「は? 何か言ったか知ラッ!!!!」

「痛ッ! なんて声出すんだよ。鼓膜が傷つくだろ! 電話で相手を殴る方法なんてどこで憶えたんだ。…まぁ、良いや。で、元気か?」

「御陰様で元気よ。で、彼女って何様どんな人?」

「日本人。」

「そうね、そういうこと大切ね、貴男の場合。」

「余計なお世話だ。」


「そうそう、日本人で思い出したけど、ちゃんとエリーにも報告しておきなさいよ。住所が変わった時は、知らせるってお約束でしょう?」

「何だ、お前もそう言われてるのか?」

「私は何かあればこまめに連絡取ってるわよ。オーストリア大使館気付、エリザーベト・マリア・ヨーゼフ・ヴィルヘルムス様、で二重封筒にして送れば届けて呉れるわよ。」

「うん、分かった。Österreich大使館な。」

「じゃ、いずれ其処にも遊びに行くかも知れないわ。」

「来るならちゃんと前もって連絡しろよ。」

「分かったわよ。」


 電話を切って振り向くと、壁の陰やら、柱の陰から覗いていた顔が一斉に引っ込んだ。


「駿河?」

「ハイッ。」

「《サンジョーさん》て誰だ?」

「ハイ、中学校の応援団の同期で御座居ます。」

「オーストリア大使館がどうした?」

「それは、高校の友人の話で御座居ます。」

「《シィちゃん》て誰だ?」

「ハイ、三条の従妹で御座居ます。」

「《今度は日本人》ってどういうことだ?」

「ハイッ、私、真に勝手ながら、OBの皆様への部報発送の作業がありますので、失礼します。」

「駿河、駿河、隠し事は良くないぞ。」

「失礼します。」


 僕は恋愛の貧乏神の集団かの如き先輩方を振り切り、部室へと逃げた。


 *     *     *


 此の電話取り次ぎに嫌気がさして、私用電話から離れ気味になり、そうこうしているうちに、彼女との通信手段は、電話ではなく手紙になった。


(あぁ、此の手があったか?)


 電話や逢うことばかりに拘っていて、灯台もと暗しというか、今時授業の暇潰しに女子が回すような手紙以外、告白のラブレター以外で手紙を書くようなことも少なく、すっかり忘れていた。

 それからというもの、僕は毎日というか、少しの時間さえあれば手紙を書き続け、投函し続けた。これが一方通行の恋だったら、今で言えば立派な偏執狂ストーカーだ。


 *     *     *


「あら、また手紙を書いてるの?」


 綾瀬先輩が横から覗き込んでいる。


「コンチハッ、駄目です。横から覗いては。」

「読みやしないわよ。他人の恋心なんか読んだって面白くないわ。」

「どうも、有難うございます。」


 便せん二枚程度で書き終えて封をし終えると、正面に座っている綾瀬先輩が眠そうな顔で訊ねてきた。


「それにしてもご熱心なことね。」

「ハイッ、通信手段というのがこれくらいしか御座居ませんから。」

「時間の空いてる時に電話でも架ければ良いじゃないの。」

「それが、生活の時間帯が合わずに苦労しております。」

「なあに? 地球の裏側にでも住んでるの?」

「いえぇ、慶應の一年で御座居ます。」

「ふーん、塾生なの。指導部?」

「いえぇ、応援指導部では御座居ません。」

「彼女も理科なの?」

「いえぇ、文学部で御座居ます。」

「指導部でもなければ理科でもない。じゃあ、暇な彼女が少しは気を利かせれば良いのに。」


 言われてみればそうなのかな、とも感じたが、「相手」が何かを《すべき》という感覚は、それまで感じたことのないものだったので、どう返事をして良いものだか窮して了った。


「…まあ、お互いさまですので…ハイ。」

「まあ、下級生のうちは仕方がないわね。」

「ハイッ。」

「其処を乗り切れるかどうかでしょ。」

「ハイ、有り難う御座居ます。」

「勉強はちゃんとしてる?」

「ハイ。一高時代の反省が効いており、今のところ恥ずかしくない評定を戴いております。」

「あはは、君も何? 高校最初の試験で真っ赤な点数を貰った口ね?」

「ハイ、恥ずかしながら、其の通りで御座居ます。」

「私もそうだった。ねぇ、イカカイって知ってる?」


 気怠そうにソファに背中を預けていた先輩は、少しだけ退屈しのぎという雰囲気で身体を起こした。


「ハイ、存じております。」

「君、入った?」

「イエェ、入会基準までは到りませんでした。」

「私、会長してたわ。」


 先輩は再び退屈そうにソファに身を預けて了った。


「ハイ…。」

「ね? 入学試験なんて、一高こうこうの勉強の四分の一も影響しないってことよ。大事なのは、入学してから。」

「ハイッ、有り難う御座居ます。」


「それで…、彼女から返事は来ているの?」

「ハイ、二、三日に一通では御座居ますが。」

「それだけ貰えれば充分よ。」

「そういうものでしょうか。」

「まあ、中味次第ってところもあるでしょうけど。」


 *     *     *


 実際は、其様そんなに楽観視も出来ない状態だった。

 元々、彼女と付き合い始めた契機は、彼女が僕に対して言い知れない不思議さを感じたからであって、正面向かって顔を合わせて会話をしていればこそ意識は通じるものの、こうして手紙という文字に変換して了うと、非常にお互いを理解し辛いのは事実だった。

 かといって、直ぐに逢うほどの時間もない。僕が空いていても彼女が空いていない。彼女が空いていても僕が空いていない。早い話が、二人の間のすれ違いを、手紙という充填剤で何とか埋めている間にアッという間に夏休みがやってきて了った。

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