学部 キキとした天性 (1)嘘をついたって始まらない

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は漸く大学に合格した身。

 充実しきっていた中・高の反動で大学受験には失敗。

 意志薄弱ながらも同窓の浪人女子「ソウシ」のおかげで何とか耐え抜いた浪人生活。

 本人にとっては「不本意」ながら進学した先で、充実した学園生活は戻ってくるのか否か。

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 最短年数より一年余計に掛かって漸く大学に合格した。合格と言っても当日に発表を見に行った訳でもなく、何日間か其の儘になっている掲示板を其の後に見た訳でもなく、結局のところ、感動も束の間、「面倒だな…」の思いだけで、入学手続まで大学には行かなかった。

 精神的には冷静な一方で、入学式の前夜催事では早々に眼鏡を割った。それは僕がとりたてて宴席に弱かったという訳ではなくて、数多と存在する所謂大学デヴューの学生が暴れたときに巻き添えをくっただけのことなのだが、親としては心配をしていた。


 何を心配していたか。それは、僕が珍しく神妙に、大人しくしていた浪人時代が終了し、再び中学・高校の時のように破天荒な、家にもまともに帰らずに、ある意味勉強は二の次の生活に戻って了うことだ。


 中学・高校は思うが儘に賑やかに過ごしてきた僕だったが、浪人時代は曲がりなりにも進学準備に人並みの時間と労力を費やしていた。人間関係についてもそれまでの自制の念で、ほぼ《鎖国》に等しい状態だったのは言うまでもない。一高の同窓会と予備校という一部の人間を除いて、旧友とも殆ど連絡を取っていなかった。

 それは、旧友中の旧友である三条亜惟ベーデ、Ellisabetth Willhelmsエリー三条閑香シィちゃんの三人娘とて例外ではなかった。

 閉ざされた人間関係の中だけで精一杯だったということもあったのだけれど、彼女たちには敢えて季節の連絡すら取っていなかった。「偉そうなことを言いながら、大学に合格も出来ない状況で、どの面下げて…」という恥ずかしさもあった。

 たとえ彼女達に僕から連絡をとったところで、夫々の立場で僕を見ている彼女達であれば、返事らしい返事など来なかっただろう。


 取り敢えず一年ぶりの《開国》では、(彼女が居るという安心感もあったけれど)旧知の彼女たちに連絡をとるよりも先に、我が身の周りを整えることから始めなければならなかった。《人を避けること》に安堵していた心を、《人と交わる》ことに慣れさせなければならない。

 それまで応援団・応援部で過ごしてきた僕は、大学でも《それ》を見てみるかと、掲示板に立体的なオブジェの如く貼り付けられているサークル勧誘のビラの中から「応援」の文字を見つけると、入学式の後、ふらふらと見学に出かけた。


 大     大     大


「なぁにっ? もう入部し度いってか? それで? おおお、リーダー志望か?」


 ジャージ姿で練習の準備をしていた先輩が、無精髭を蓄えた顔に驚きの表情を湛えて此方を見つめている。


(なにも、其様なに驚かれなくても…。)


 見学するだけの心算でやって来たのが、つい面倒になって「入部し度いのですが」と声を掛けて了った。訂正するのも面倒で、(どうせ俺に他のことも出来ないだろう)と思い、


「はい。」


 とだけ返事をした。


「ウシ! 今年は俺等の勝ちだ!」


 無精髭先輩は、片手を握り締めて感慨深く目を閉じている。と思うと、僕の方ではなく練習の準備をしている集団に向かって叫んだ。


「新歓は、バンドとチア持ちね! よろしく~!」

「ぇえ~ッ、寄せ餌サクラじゃないの?」

「違う違う、正真正銘の飛び込みだって!」


 当事者である僕は其方除そっちのけで、先輩方が妙に盛り上がっている。


(安心した。雰囲気は良さそうなんだな…)


 と思った次の瞬間、其の雰囲気に緊張が走った。


「コンチハッ、失礼します。」


 方々に散らばっているジャージ姿の先輩方が同じ方向を向いて大きな声で挨拶をしている。


「…少し待っていて呉れな。…」


 無精髭先輩は僕に言い置くと其の方向へと走って行った。


「コンチハッ、失礼します。只今入部希望の新人が参りました。」


 無精髭先輩は、今しがたゆっくりと現れたスーツ姿の女子学生に挨拶をしている。

 雰囲気と周囲の緊張から、一見して最上級生と分かる。二言三言交わして、ハイ、ハイと言っているのだけが聞こえた。


(此処はコンチハかぁ…。)


 スーツ姿の先輩は僕に一瞥を呉れると、此方に向かって歩いて来た。

 無精髭先輩は、背中に手を組んだ儘の姿勢で後ろを連いて来ている。

 女子先輩が、僕の数歩前まで来て立ち止まった。


「入部希望って…、君か知ら?」


 ピクリとも表情を変えずに、至極冷静で大人びている。普通に考えて三~四歳は年上だとしても、大学生の最上級生というのは中学入学の時に見た三年生なみに大人びて見える。

 身長は決して高くはないのに、寡黙に見下ろすような眼差しを受けて、久しぶりの威圧感を憶えた。


「はいっ!」

「新入生?」

「はいっ!」


 此処での作法が分からぬので、一先ず手の目を見つつ、最低限の返事だけをして様子を窺った。


「リーダー志望? 吹奏志望? 名前は?」

「リーーーーダー志望、駿河轟ーーと申ーします!」

「なかなか元気が良いわね。分かったわ。国分? 此方で手続きが終わったら、後を引き継ぐから。」


 スーツ姿の先輩は、無精髭の《国分》先輩を振り返って言った。


「ハイ、どーーうも有り難う御座居ます。よ・ろ・し・く・お願いいたしまーーーす。失礼します。」


 国分先輩が練習の準備に戻り、スーツ姿の先輩が此方を向き直った。

 久々に知らない人と対面するということもあったが、落ち着き払っている彼女の雰囲気には、それ以上の緊張感を覚えた。


「従いて来て…。部室で届と幾つか書類を書いて貰うから。」

「はい!」


 先輩の後ろを連いて行く。


 道すがら、練習に来る団員が擦れ違う度に「コンチハッ。失礼します。」と挨拶がくる。

 比較的身なりのこざっぱりとした先輩でも一旦立ち止まっては彼女に挨拶をしているところを見ると、矢張り幹部の方らしい。


「君は、無口な方?」

「いえぇ!」

「緊張しているの?」

「それも少し御座居ますが、余計な口はきくものではないと、これまで諫められましたので。」


「ふーん、高校は何処の県のどこ?」

「東京の第一高等学校で御座居ます。」

「一高は高校から?」

「いえ、中学校から併設の第一で御座居ました。」

「…あら奇遇、私もよ。」

「本当ですか?」

「此様な処で嘘をついたって始まらないじゃないの。何期?」

「○○期で御座居ます。」

「あら、じゃあ四期違いね。知らない筈だわ。」


 一高から此の大学に進学することは、取り立てて珍しいという訳でもなかったけれど、流石に中学校まで一緒だと分かると、先刻まで受けていた威圧感が少しだけ解け、代わりに親近感と好奇心が湧いてきた。


「じゃあ、同窓のOGとして少しだけ気を遣ってあげる。自分から口をきいても構わないわよ、此処では。」

「有り難う御座居ます。失礼します。では、早速一つお尋ねしても宜しいでしょうか。」

「はい、何?」

「失礼ながら、先輩のお名前を頂戴しても宜しいでしょうか?」

「あっははは、もう、いやだ、緊張してたのは私の方だったのね。今年初めての入団者だったから、すっかり忘れていたわ。私は四年、新人責任者の綾瀬輝妃。綾織りなす綾、瀬戸の瀬、輝く妃と書いて輝妃。」

「有り難う御座居ます。一文ごとに「失礼します」で結んだ方が宜しいでしょうか。」

「まだ、マナーを教えてないから付けなくても良いけど、こういうのに慣れてるの?」

「失礼ながら、一中の《団室》寄せ書きで、偶々、綾瀬先輩のお名前を拝見した憶えが御座居ます。」

「あら、一中ピンでも応援団だった訳?」

「はい、僭越ながら団長を務めさせていただいておりました。」

「じゃ良いわ。基本の作法を教えてあげる。簡単よ。中学校の《ちはっ》《失礼します》のうち《ちはっ》を《コンチハッ》に変えるだけで大丈夫。抑々そもそも、此処は其様なに厳密な規則性はないから。寧ろ、中学校ほど大袈裟に伸ばさなくていいわよ。」

「ハイッ。有り難う御座居ます。」


「よしよし。リーダー志望だったわよね?」

「ハイッ、そうで御座居ます。」

「私の籍は一応チア部だから、常時いつも一緒ではないけれど、よろしくね。」

「ハイッ、どうも有り難う御座居ます。どうぞ、宜しくお願い致します。」


「体力は? 大丈夫? うちはお酒とかは無理強いしないから其の方面で危ないことはないけれど…。」

「浪人しておりましたので、多少身体が鈍っております。」

「一高では何かしていたの?」

「応援部で主将を務めておりました。」

「じゃあ、基礎体力は継続してるわね。大丈夫よ。」

「有り難う御座居ます。全力で取り組んでまいりますので、どうぞ、よろしくお願い致します。」


「懐かしいわね。其の意気込みっていうか。私、一高は応援部じゃなかったし、大学も一旦別のところに行って、鳥渡華やかな生活してから此方に来たから、一中ピン以来だわ。」

「有り難う御座居ます。」

「学生服は作った?」

「いいえ、まだ作っておりません。」

「じゃあ、団室にお譲り用のものがあるから、サイズが合うものを暫く使うと良いわ。あと、経験者だってことは聞かれない限り、言わなくて良いと思う。遅かれ早かれ聞かれるとは思うけど。」

「どうも有り難う御座居ます。」

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