第4話 大統領との対談

「そういえば懍世様、正装を着る時一人でも大丈夫とおっしゃっていましたよね。着こなしは完璧なのですが……どうして着用の仕方が分かったのですか?___って、すみません。また余計なことを言ってしまいましたね」

「い、いやそんなに謝らないで下さい。ただ、俺のいたところでもスーツがあっただけで。見たこともない代物だったら多分クローリムさんに頼んでます。それか、男性の方に」

赤い絨毯の上を二人の人間が通っていく。

一人は細身の可愛らしいメイド服を着用した美少女。彼女の前を歩くもう一人は正装姿のぎこちない動作の少年が、マファイレグ共和国、リロバック城の王宮へ向けて足を進める。

段々と横幅が大きくなっていく廊下の両端には、使用人から中級貴族までの多くの者が膝をつき、二人に深々と敬意の意を示していた。

そして、宝石や高価な装飾が散りばめられた大扉の前で両者は足を止める。

「ここから先は王宮。大統領様がいらっしゃる広間です。メイドの私はここまでとなります」

「そ、うですか……ありがとうございます。クローリムさん」

そもそも大統領という敬称に様をつけるべきかどうか不明だが、いざ会うとなると付け加えようか吟味してしまう。

緊張で青ざめている彼にクローリムがぽんと両肩に手を置いた。

「昨日からですが、今度からは呼び捨てで構いません。さあ、懍世様、頑張ってください!」

(職員室行くときみたいでいいかな……大統領相手に)

懍世は一呼吸置き、硬く握りしめた拳でノックをする。

「ユーセングリス大統領、失礼致します」

懍世の言葉に呼応するように固く閉ざされた扉が開いた。

___あー、終わった。

もうこの時点で強者でもチート人間でもなんでもない、紛い物の一般人を召喚してしまったと思っているに違いない。間違えでも様を言った方が良かっただろうか。

開いた扉の奥から暖かい光が懍世を包む。

転生して早々に心が寿命を向かえるか不敬ということで首が飛ぶか、両者ともなのか兎に角二度目の人生は前世より早死しそうだ。

「眩し……」

微かに目を開けると、そこには日を浴びて生き生きとした植物と、白いテーブルクロスに乗せられた豪華なティーセットが見えた。目の前には、自分と同じくスーツ姿の壮年が立っている。懍世とは違い、どこか輝かしいオーラを放つ彼に頭が上がらない。

懍世が深々と頭を下げ、土下座しようかと内心混乱していると、壮年は手を差し出し、懍世に向けて話しかけた。

「ようこそ我が国に起こし下さいました。勇者殿。私はマファイレグ共和国大統領、ユーセングリスと申します。この度は、異国の地に我々の勝手な都合で右も左も分からぬような状況にさせてしまい、大変申し訳ございません」

「い、いえ。こちらこそ僕のような一般人が大統領様に、しかも勇者というような立場でお、お会い出来るなど滅相もないです。あ、えっと、名前は懍世です」

差し出された彼の右手を両手で握りった。固くゴツゴツとした彼の手は大統領という身分に相応しい力強さをも感じる。

「あはは。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。様なんていりません。寧ろ気軽にユーセングリスと呼んで頂く方がこちらの緊張感も解れますし」

くしゃりと顔の皺を畳ませてユーセングリスは笑みを交わした。名前を覗けば、いかにも日本にいそうな柔らかい顔だちの人だ。

今にも打ち解けてしまえそうなこの雰囲気が懍世の緊張を解していく。

(結構いい人かもしれないな___てっきりその後ろの側近?の人のようなイメージだと思ってたんだけど)

ユーセングリスの後ろには、銀髪のイケメンがすらりと立っていた。直立不動である。長身で宝石のようにキラキラとした紫の細い双眸。清潔感のある長髪を一つにまとめ上げた彼こそが一見、異世界での権力を握っているように見えた。

「ユーセングリス大統領、後ろの方は?」

「ヘイリゲンだ。ユーセングリス様の側近である私に気遣いは無用。そのまま続けていてくれ」

「ヘイリゲン、言葉を慎むように。彼はマファイレグ共和国が少し前まで絶対王制だった頃の王族の末裔です。今はこうして私の右腕となってくれているが、言葉遣いにはまだ角があるようで」

「ユーセングリス様、私事のことはこれくらいで。本格的な対談はあちらでしましょう。茶と菓子が御用意されています。お前もこっちにこい」

ヘイリゲンの氷柱のような眼差しが懍世の油断した心を突き刺した。

「あっ……はい」

やっぱり将来早死だな。これ。


三人が汚れ一つ無い白いパラソルの下に移動し、各々椅子に腰掛けると、間も無くして男性の使用人がカップにお茶を注いだ。

「マファイレグ共和国産のボブリ茶です。」

大きな音を鳴らさないようにそっとカップを掴み、ゆっくりと口に含む。

「美味しいです。香りも柔らかで、味も僕好みです。茶は昔から好きなのでこのような立派なものを頂けて嬉しい限りです」

(食レポの入門書買っておいて良かった……実際紅茶好きではあるから下手なことはいってないと思うな)

実際気難しそうなヘイリゲンも口を挟んでいないため、好感が下がることはないだろう。

やはり、茶は上手いとユーセングリスが感嘆を溢し、少し真面目な顔をして懍世に尋ねた。

「懍世殿、貴方は茶に詳しいように感じます。古くからの言い伝えられで、高度な召喚魔法で召喚された者は皆異国から来ているとのことですが、何処の御出身で?」

「日本という国からです。僕はマファイレグ共和国という場所……単語はここに来るまで聞いたことありませんので、恐らく言い伝えられは本当かと。ただ、茶やスーツなど僕の生まれ故郷と共通するものはあります」

「成る程……日本ですか。聞いたことはないですが、興味深い。では懍世殿、これを読んで下さいますか?」

皮で作られたと思われる分厚い紙を渡される。そこには、懍世にとって到底文字とはいえない記号のような何かが連ねられていた。

「___いえ、僕にはさっぱり」

「そうですか。では、何故私たちはこうして意志疎通を図れているのでしょう」

「それは確かに___」

言葉が詰まった。

異世界ファンタジーを主題とした作品は沢山読んできたが、日本の書物ということや、作り物という面から疑問にはしていなかった。

ただ、これが現実となれば話は別だ。

ユーセングリスは微かに笑う。

「恐らくですが、それは懍世殿、貴方に魔法の才、言うなれば魔力があるからです」

「まっ、魔法!?」

魔法という言葉を聞いた瞬間、懍世の心は今まで史上最大の興奮を迎えていたのだった。

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