第3話 辿り着いたのは、マファイレグ共和国
「___!!」
海の奥底のような、日の当たらないような暗闇の場所に一筋の光が差した。感覚もスライムのようにどろどろして、体が海水に溶けだしていくようだ。自分が誰かも、何をしていたかも分からない。ただそこに「自分」という自我はあって、突然として何処かへ引っ張られていく感覚がした。どろどろと液体状だった体が再形成されて海から手が差しのべられて、おもむろに差し出した己の腕が引っ張られていく。やがて暗闇は消え、青白い光が満遍なく視界を覆い___
「勇者様!!」
大声に驚き、飛び起きた。目覚めが非常に悪く、喉はカラカラで声が出ない。頭も痛みと目眩が合わさってぐわんぐわんと錯覚が起きているかのようだった。そしてまた自然と瞼が落ちていく。
「起きてくださーい!!」
「っあ!!」
今度は完全に目が覚めた。覚醒したという表現の方が相応しいだろうか。しっかりと自分の名前、記憶を思い出す。
悲鳴を上げた際の掠れた声に気づいたのか、目の前の人物が何処か遠くへと行き___暫くすると軋んだ戸の音を立てて戻ってきた。
「お水です。テーブルに置いておきますね」
テーブルというには小さく、それなりに高さのある丸い机にカタンとコップが置かれた。ゆっくりと覚束無い左手でコップを握り、口に運ぶ。
「___ありがとうございます。ところでどちら様ですか。それにここは?」
豪勢な壁紙と天井、タイル張りの床が目に入る。過去に読んでいた小説によく見るような西洋風の造りだ。この小部屋には白いベッドと大きな本棚、使われていない薪を焼べる形式の暖炉という壁の柄からして派手で美しい洋室でありながら中々に寂しい部屋である。
重々とした造りの窓の外は、遠くからではあるが明らかに自分の近所ではない、外国の雰囲気を感じた。一瞬きょとんと目を丸くさせたメイド服の少女だったが、親切にも一から説明してくれた。
「私事は、メイドのクローリムと申します。御用がありましたら何なりとお申し付け下さい。まず、ここはマファイレグ共和国のリロバック城の城内です勇者様は我が国の白魔導士によって召喚されたのです。ただ、勇者様は召喚された当時、頭から血を流して意識を失っていました。救護班が治癒したのでもう傷はありません。なのでこの部屋を歩いたりされる位なら問題ありません。あっ、白魔導士というのはですね、高等な魔法の技術を持った国や政府公認の正式な魔法使いのことです。民間の黒魔導士とは違って怪しい者達ではありませんのでご安心を」
___これはとんでもないことになったかもしれない。呆然とクローリムの話を聞く彼___懍世は思った。
これは魔法使いだとか召喚以前の大問題だ。
まさか自分が異世界転移するとは。一体何度異世界で格好いい勇者になって無双したいと本気で思ったことか。ただ、それまでの経緯が自分に取って辛く、受け入れられがたい記憶で、先程までの苦しさと今の嬉しさで正直のところ頭がこんがらがってしまった。キャパシティが限界を越えかけている。
友達が消え去ったどころか自分が別世界に来てしまった。謎に崇められてしまっても全くの困り物だ。
「は、はあ___でも勇者って、なんで」
「我が国の白魔導士が貴方様を特別な儀式で召喚したからです。もしかして、お身体が優れませんか?それとも、私の説明がお気に召されませんでしたか?」
「いや、十二分に分かりました。こっちの処理が遅いだけで心配無用です」
「そうですか······?」
同じ説明をさせてしまった彼女には申し訳なく感じた。なんとか取って付けて彼女の言葉に理解の念を示したが、それでも自分の脳は処理しきれなかった。
どえらいことだ。これ。
「ゆ、勇者___それで、ぼく......いや、俺は一体何をすればいいんだ?」
夢に描いたような世界で普段の一人称が自分自身のロマンで形成された心が許さなかった。これまた小説やアニメで見るような美貌を持つ彼女は輝かしい笑顔を放って口を開いた。
「勇者様はその名の通り勇者なので、現在マファイレグ共和国内での課題を解決して頂きます。詳しくは勇者様の体調が万全になってからですが、我が国の大統領、ユーセングリス様との面会がありますのでそちらでお聞きになられたほうがよろしいかと」
なるほど、と相槌を打った懍世は深々と考え込む。
大統領と会話___これだけで物凄い話ではあるが、勇者という地位と十六年間で学んだ礼儀作法でなんとか乗り切るしかないだろう。
「部屋の間取りといえ、その格好といえ、いかにも王国っぽいが大統領だとか現代的な部分もあるんだな」
恐らくこれは異世界転生、転移好きの自身でできた偏見だろう。ただ中世から近代のヨーロッパのような世界観に大統領という単語が引っ掛かっただけだ。大統領の歴史は知りもしないがなんとなく違和感を感じた。
真面目に呟いている懍世の様子を見て、クローリムは瞬きを繰り返す。そして柔らかに笑った。
「ふふ、勇者様はなんというか___固定観念があるんですね。でもなんとなく分かります。ここは少し前までお隣の王国の支配下だったので。意外と新しいんです。この国」
別にわざと上から目線に対応わけでは無さそうだったが、通りかかったと思われる女性が「クローリム!勇者様に失礼でしょ!」と叱る声が扉越しに聞こえた。
「す、すみません。故意ではないんです······!」
「いや、構いません。あと、俺のことは懍世と呼んで欲しいです。いつまでも堅苦しくされるとこっちも気まずいので」
「そうですか。では改めてよろしくおねがいします。懍世様!」
お辞儀をしたクローリムの艶やかな金髪が柔らかに揺れた。
「夜も遅いですし、私はこれにて失礼致します。お休みなさい」
乱れることのない彼女の綺麗な動作を扉が閉まるまで惚れ惚れと見る。特に青く澄んだ瞳が自分とは何か違う生き物であるとあの四山とは正反対の意味で強く思った。
手触りのいいベッドから降り、床に懍世の足が付く。夜景が映る窓に反射した自分の顔を見て、傷がないことを確認した。
「額の傷が残ってない。あの人の言うことが本当なら魔法がこの世界に存在するという証明……面白そうではないか」
興奮した懍世の笑顔はどこか悪巧みをする到底勇者とは思えない表情であった。
「にしても……あいつのチャンスって異世界転移?転生?のことだったのか。それともただの意味の無い戯れ言だったのか……どちらにしろ、四山がここにいないのなら、記憶の中のみで留められるな。よし、後はやりたいことをやるだけだ!」
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