第2話 死という名のチャンス

「何故ここにいる!?」

恐怖で後退りした懍世は思わず部屋の隅の段ボールを蹴り飛ばし、尻餅を付いた。

「覚えているとは……地球人でありながら魔法防御の耐性持ち。実に興味深い」

鍵が閉まったままにも関わらず、崩れ落ちた懍世の前には忘れることの無い人殺しの姿が映っていた。何故だ。身柄はとっくに拘束され、テレビで顔と名前、年齢が晒されていたはず。手錠を掛けられ、警察車両から出てくる場面も画面越しで見たのだ。脱獄したとでもいうのだろうか。では何故男の服に赤黒い染みがある?何故自分の家に来た?しかもどうやって扉を開けて?隠しきれない動揺が瞳に表れ痙攣を起こし、全身が氷のように膠着する。

「四山浩介……」

空気が、感覚が、声帯の震えが自棄に現実味を帯びている。男の低いトーンの笑みが脳に反響し、彼は口を開いた。

「心配は無用。彼女は無事だ。この世にはいないがな」

彼女___男が殺した自分の幼馴染みに違いない。

懍世から憎悪の瞳を向けられるが、四山浩介は彼の恨みを一蹴する。

「はっ、知人が一人消えた程度で何を騒いでいる。___まあいい、面白いからお前にチャンスをやろう」

「チャンスだと?」

何が面白いのかも分からないが、四山の言葉に懍世は眉をひそめる。人の命を軽視し過ぎていて、常人ではない気持ち悪さを感じた。人を殺したりしている時点で狂人以外の何者ではないが。

そもそも彼は自分達とは違う次元、世界に生きているのだろう。

きっと宇宙人か何かで侵略してきているのだ。だとすればもう地球は終わりだ。侵略者の一人と最期に会話できるとはある意味光栄菜のかもしれない。諦めの表情を浮かべ、口角を僅に上げた懍世に四山が語りかける。

「何を考えている?俺を殺す手段でも思い付いたのか?で、チャンスというのはだな、こういうことだ」

チャンスの意味を理解しているのだろうかと混乱の中に疑問符のピンを立てた。しかし、男の取った行動はやはりサイコパス染みたものだった。

「!!」

カチャリ。

額に黒い拳銃が突き付けられる。

四山の人差し指は銃のトリガーに今にも力を加えそうな状態だ。

「これがチャンス……やはり殺すつもりか!」

「チャンスはチャンスだ。お前のこれからの行動によって変わる。俺がそのために引導を明け渡し、新たな世界に連れていくのだ。建前でも感謝するんだな」

やはりこいつは別次元の言葉を話している。自分は一体いつから間違えてしまったのだろうか。恐らく少女の死に際を目撃した時点で余命が決まっていたのかもしれない。格好つけてエアガンやモデルガンのお洒落な打ち方をしていた自分が涙で霞む視界の奥に見えた気がした。走馬灯だろうか。平凡な十六年間だったが割りと充実できたのかもしれない。そして今、この実銃で脳を貫通されて死ぬのだ。

普段ならこの拳銃を見て、目を宝石のようにさせて観察していただろう。銃口が自分に向くだけでここまで印象が変わるのだと分かりきったことを思っていた。

「なに、身支度もいらない。こいつを引けばすぐに着く。これくらい痛くもねえよ」

額に突きつけられた拳銃から火花が散り、視界は暗転し、意識も立ち消えた。張り裂けそうな心の痛みを頭蓋を砕いた銃弾が思考ごと打ち消したのだった。


また一つ、華麗な血飛沫が舞う。

ボロボロのTシャツを見て四山浩介は何も感じない。この世界の生物は怖じ気付くのだろうが四山自身は何度も繰り返し見た光景なので最早作業の一環と化していた。

見馴れない部屋を一通り見渡し、何もない、直線上の先に木材でできた床に向けて手を突きだす。暫くすると青白い光を帯びた円と記号の羅列___魔方陣が彼の右手の先に現れたのだった。

四山は直立不動のまま魔方陣に向けて口を開く。

「ティリピア様、人間の対処が終わりました。後処理が終わり次第帰還します」

「ご苦労。ところで、その人間は殺したのか?」

魔方陣から発せられる音源___その声の主は、喜怒哀楽の感情が垣間見えることなく、冷ややかな声色で質問を四山に問いかけた。

「体は銃で頭を撃ち抜いて殺しました。死体は比較的綺麗なのでお送りできます。”中身”はまだ仕留めておりません。ご安心を」

四山の表情に畏怖と崇拝の念が感じられる。冷や汗をその骨張った顔に流して返答をした。

静けさが彼の身体を駆け巡り、魔方陣の奥の絶対的な主人は肯定的に返事をした。

「そうか。であれば魂はそのままで構わない。むしろ好都合だ。今はマファイレグの貴族が勇者召喚の儀を行っている。使用される魔術がオリジナルでないのであれば間違いなく彼の魂が召喚され、勇者として選ばれるだろう。あれは素晴らしい力を持っている」

「であれば敵に回さない方がいいのでは?今ならまだ取り返しがつきます。ティリピア様が仰るほどに奴が強いのならこちらもただでは済まされないと私は思うのですが……」

「確かにお前の考えも間違ってはいない。問題は今の情勢だ。簡潔にいうともっと俯瞰的に見ろということだ」

「なら尚更かと。こちらは”龍”が三百年振りに蘇りましたが、彼女の横暴さからして裏切る者は半分以上はいるかと。もし彼らが共和国側に付かれたら相当不味いことになります。それに勇者がマファイレグに降臨したら___」

「そうではない。よく聞け。数日前に”蛇”が目を覚ました。であれば他の魔王もマファイレグの連中も、勇者もそれどころではいられない、ここまで言えばお前も分かるだろう?」

それまで冷徹だったティリピアの汚らしい笑い声が一軒家に響く。眉間に皺を寄せた四山は彼女の嗤いが一通り収まった後口を開いた。

「そういうことですか___しかし、大人気ないです。彼らの未来と心を読みましたね?たかだか確定していない世界の予測のためだけに。力を必要以上に使うなといったではないですか」

「あはははっ、力というのは何でもありなんだぞ?まあ、この世界を楽しく傍観していこうではないか。そう思わないか?」

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