神に捧げるのは猫の頭か蛇の尾か‐高校生達の異世界戦争‐
鐘音
第1話 怪奇現象のトリガー
踏み切りの音が規則的に鳴り響く。木漏れ日が心地よく、その日は駅のホームの電灯で小鳥が囀ずっていた。
やがてガタンゴトンと電車の揺れる音が近づいてくる。
駅の簡易ベンチには幾人かの学生の姿が見受けられ、皆同じ制服姿の高校の生徒達だ。
彼らの中の一人___若八懍世はそれに合わせてベンチから立ち上がり、リュックサックを背負った。これといった誇らしいことは無いのだがわざとらしくメガネをかけ直し、コツリコツリとホームの点字ブロックまで足音を立てて歩く。
彼の視界の端で一人の姿が目に入った。小学校からの中で時折喧嘩もするが____親友の青年だ。いつも気だるそうな空気が彼を中心に漂っているのは熟知している。
今にも立った状態で寝てしまいそうな彼に懍世は足を運ばせた。
「おーい、今にも寝そうな人?電車来るぞー。乗り遅れて家帰るの遅くなっても知らないからな」
嫌らしく彼の視界に入るように大袈裟な手の振り方をしてみせた。
「ん……懍世くんじゃん。どうかしたの」
「どうかしたのって奥川が今にも倒れそうだったから」
「一日中眠くて。さっさと帰ってゲームしたい」
「それが寝不足の原因なんだろうが」
懍世は大きな溜め息をつく。
「そういえばメッセージ見た?」
「ん、どれ?」
「ほら、勝手にグループトークに入れられたやつ」
奥川に向けてスマホの画面を見せる。そこにはあまり親しくはなかった同じ小学校だった人からの街中で遊ぼうという誘いが書かれた文面があった。
「そんなのあったんだ」
「一人既読してないのって奥川か。だろうと思ったけど」
「……行きたくないから抜ける」
「面倒臭いだけじゃんって……早っ、躊躇いもなしによく抜けられるな」
ポンと文面が更新され、グループトークから一人抜けたという白抜きの文字が出現した。マイペースにも程があると呆れたが、それもまた奥川の個性というか短所であり長所といったところだろうか。
やがて列車は線路のカーブを境に姿を現し、金属の擦れる音が耳を貫いた。
突如として奥川が何かを思い出したかのように顔を上げる。
「えっ」
「どうした奥川?」
彼、奥川篠が目を見開き、電車が来た方向に指を指した。それに合わせて懍世は目線を向けたその瞬間、聞いたこともないような爆音をたてて列車が急停止。
同じく駅のホームでこの列車を待っていた学生の中には突然の出来事に悲鳴を上げた者もいた。
周りは田畑が連なる田舎にその音が、線路が削れる金切り声が、その後の静寂が一面に響く。
直後、駅員と運転手が真っ青な顔でホームを降りて駆けつけたが、手遅れであると判断し、口元を抑えていた。凹んだ電車の正面や、線路脇の草花が血濡れていたのだった。
「今のって……」
恐怖で震える顎を右手で抑えるがその右手も小刻みに震えるため動揺が露になる。
懍世が振り向き様に見たのは、知らない男が電車が通る瞬間目掛けて女子高生を線路に突き落とした一連。
廊下だろうが校舎内で毎日すれ違う白く透けたセーラー服に紺色スカートの制服姿が。時折駅のベンチを一つ開けて脇からニヤリと子供さながらの笑みを交わした腐れ縁の少女が今、理不尽にも命を絶たされたその時を自分は見たのだ。
段々と状況を理解していくにつれ、頭に届く心音が倍になって反響していく。
目の前には飛び散った血肉がモザイクなしに当然のように足元にも付着して、スニーカーに赤色が染み付いていた。やがてとてつもない吐き気が懍世の全身を襲い、その場で屈んで口一杯に広がった酸いの味を吐き出す。隣で全ての事態を目にしてしまった奥川も耐えられず、背を向いて噎せ込んだ。
痙攣する眼から得た情景によると、間も無く警察と救急車が到着して駅員によって押さえ込まれた男はパトカーの中へと連れられていったのだった。
ショックで嘔吐からの気絶した自分と奥川は救急車の中に搬送され、気がつけば殺風景な病室が目に映った。
吐き気と動揺が収まった後、親を呼ばれたのは少し複雑だった。警察による事情聴取というものは想像以上に長引いて、一度ボンドで修復された心がまた接着面から剥がれ落ちていった気がした。
ただ、この出来事はまだ悲劇の序章に過ぎなかったということ。
一ヶ月後の自分の周りには奥川も友達も、どこかで見た顔の奴も気付けば居なくなっていて、この頃は無論想像もつかなかった。
怪奇現象と一言で表せるような笑い事ではない。この一ヶ月の間に25人生徒が死亡、もしくは行方不明となっているのだ。
これは全国ニュースでも事件として報じられ、休校になったその日から警察が立ち入るようになった。
家のポストに投函される先生からの宿題を解くだけのつまらない日々だが、この一ヶ月で全てを失った自分の心が浮くことは無く、自校に関する最新ニュースがないか手当たり次第ネットで漁ることが僅かな生き甲斐としていた。
奥川からメッセージが届いたのが丁度三週間前。しょうもない画像を送ってきて既読無視したのが最後だ。連日で登校しなかった日でも「またズル休みか」と横目で嘲笑していた時が懐かしい。
勿論彼が居なくなったのは友達として悲しかった。しかし何より____
(あまりにもショッキング過ぎるだろ…)
緑が生い茂る中での惨劇を忘れることはないだろう。中学を機に二人きりで話すことはなくなったが、当時は塾が同じだったから沢山の悪ふざけをした。どれも下らないことばかりで結末として塾の先生に雷を落とされていたが。頭を二つ結びにした無邪気な彼女の笑顔があの日から脳裏にこびりついて霧消することはない。どれも数年前の幼い顔立ちではあるが。
「……」
___ガン!
懍世の拳が机に振り下ろされる。
無言かつ無表情の懍世から怒りがひしひしと伝わる。
無論、机はびくともせず傷一つすら入らず、ドンとそれなりに大きな音が一人きりの一軒家に響き渡った。
相変わらず時計のカチ、カチ、む無機質な音だけが空虚な時を刻んだ。
___と、その打撃音に返事をするかのようなごとく家のインターホンが鳴った。家族から来客が来るとはさっぱり言われていない。
……はて、誰だろうか。
頭に小さなクエスチョンマークを浮かべて玄関へと向かう。
(宅配便は……頼んでないか。デイサービス?宗教は断ってるし___なんだ?)
心当たりの無い来客に懍世は首を傾げる。扉の向こうの人物を覗き穴越しに見て___驚愕した。
「何故ここにいる!?」
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