嘘と心読みの審判
そしてついに、試験日を迎えた。
試験会場はシャンドレット王の付き人の女性が取り仕切っていた。また、例外措置としてオレの監視役である戦闘部総長が試験会場の警備も兼ねて会場の後ろの方に立っていた。
「まもなく、試験開始です。これまでの努力の成果を、存分に発揮してください。では、始め!」
付き人の女性が開始の合図をすると、他の受験者が試験問題に取り組み始めた。
これまで、勉強の邪魔になるから気にしないようにしていたが、オレはこの試験に合格しないと身柄を『アザレア』に拘束される。
おそらく結果はその日中に出る。数ある受験者の中から優先して試験の採点が行われ、不合格となった時点で後ろに立っている監視役がオレを連れていく。
その後、どうなるかはわからない。死刑、あるいは死刑より辛い罰か。どちらにせよ、オレにとって良いことは起こらないだろう。
この場で、こんな考えに浸るなんて──と、ペンと試験問題の冊子を見てオレはしばらく考えていた。
すると、試験監督役の付き人と目が合う。
彼女はオレの様子を見て不安そうにしていた。口だけを動かして何かを伝えようとしていたが、ふっと会場の後ろに目をやってから、口をつぐみ、ただ静かに頷いた。
付き人の彼女も、応援してくれているのだと思った。
あの裁判の場で、一つ間違いがあったことをここで告白する。
ユリヌ校長が、12回もの瞬きがあってもオレの能力が発動していないと指摘した時だ。
あの時は、そう指摘された一瞬だけ、能力が発動していた。
目の前にはちょうどシャンドレット王が居たが、そんな彼に、まとわりつくような黒い影がオレの左目で見えていた。
──これは、呪いだ。
そんな声も聞こえて、思わず後退りした時には黒い影は消えて──いや、見えなくなっていた。
「呪いなんて、あの方にふさわしくないだろ」
誰にも聞こえない声で、小さく呟いた。
そして、オレは問題冊子を開き、他の受験者に混ざった。
試験時間は二時間。
二時間の間、オレが問題を解き進めるペンの動きは変わらなかった。
試験終了3分前に、オレは全ての問題の解答を終え、ふうっと一息ついた。見直しをしている時間は無いと諦め、緊張を解きほぐすことに専念した。何せ、オレの命の行方が決まるのはこれからである。
緊張をほぐすため、ふと、会場の大きな窓から空を見上げると、虹が掛かっていた。
「……試験時間終了です。解答をやめ、机の上に筆記用具を置いてください。解答用紙を回収します。問題冊子については持ち帰っていただいて構いません。回収作業が終わるまで、指示があるまでは席を立たないように」
試験官監督役の付き人は、そう言い放つと間もなく立ち上がった。そして、オレの方を見つめながら、まっすぐオレの元へ歩いてくる。
「……解答用紙と問題用紙を渡せ」
背後から低い声が聞こえて、付き人が向かってくるのを眺めていたオレは飛び上がりそうになった。
声の方を見ると、そこには監視役の『アザレア』戦闘部総長が立っていた。
この監視役は、いつもそうだ。いつも背後から驚かすように声をかけてくる。本人にその気は全くないのかもしれないが、足音もたたせず、気配もなく背後を取られるのは、前Eクラス担任の教育によって縮み切ったオレの心臓には悪かった。
オレは驚いて何もできないでいると、間も無く王の付き人も到着した。そして、戦闘部総長に向かって言った。
「総長、お勤めご苦労様でございます。シャンドレット王の命令及び公平性の観点により、採点の場には私も付き添います」
「左様ですか。構いませんよ。ご用意いただいた別室にてジルさんがお待ちですので、急ぎ同行願います」
「わかりました。エドワード、荷物をまとめて。すぐに採点を行います。……試験問題、難しかったですか?」
また不安そうに問いかける付き人に対し、「大丈夫です」と答えてからオレは相変わらず少ない手荷物をまとめて席を立った。
周りの受験者達からの視線を浴びながらも、戦闘部総長を先頭にして試験会場を出た。それから用意された別室まで移動すると、その別室の前にスーツ姿の女が立っていた。
「……ん?桐野さん、何故ここに?」
「ああ、レオさん!待ってましたよ!……私も詳細は聞いていないのですが、実は学校の入学式で何やらトラブルがあったらしくて。状況確認のためジルさんは先ほど『アザレア』に戻られました。ジルさんと交代で、私がこの役を務めることになりまして」
「ああ……よりにもよって、"今日の入学式"、か。何も起こっていないといいが。すぐ行きます」
戦闘部総長はオレ達の方へ振り返り「聞いてのとおり急用ができましたので、後は彼女の指示に従ってください」と言葉を残して、足早に去っていった。
オレは付き人と顔を見合わせていると、そこに先ほど"桐野"と呼ばれていた女が声を掛けた。
「たはは、慌ただしくてすみません。っと、申し遅れました。『アザレア』最高責任者の秘書を務めております、桐野美鈴です。先のとおり、最高責任者は急用で外しておりまして、その代わりを務めさせてもらいます」
桐野は『アザレア』の職員にしては珍しく、他人に笑顔を向ける人間であった。
そして、「立ち話もあれですし、中へ入りましょうか」と、部屋の扉を開けてオレと付き人に中へ入るよう促した。
その言葉に従って中に入ると、特に変わった様子はないただの会議室で、3人同時に作業ができるくらい横に長い机と一人がけ椅子がセットで二つ、向かい合うように設置されていた。
「おっと、椅子が足りませんね。予備の椅子を持ってきましょうか」
「結構です。立ち仕事は慣れておりますので。それに先ほど試験監督役で座りっぱなしだったので、私はこのままで結構です」
「ああ、そうですか。キツくなったら適当に座ってくださいね。いかんせん、テストの採点役なんか初めてなもんで、時間をかけてしまうかもしれないので。……ともあれ、早速始めましょうか。えっと、エドワード。ここに座ってもらえるかな?あと、問題用紙と解答用紙も私にもらえる?」
オレは言うとおりにした。
用意されていた椅子に座り、問題と解答を桐野に渡す。
桐野はそれを受け取ると、オレの向かいに座り、問題用紙と解答用紙を机の上に広げておいた。
早速採点を始めるのかと思いきや、桐野はオレへ視線を向けて言った。
「私の能力は"人の心を読む"というものでね。嘘をついているか、いないかは……大体わかる。それを踏まえて先に確認しておきたい。別に疑っているわけではないよ。あくまで確認。これも、"採点の公平性の観点より"ってやつだから」
「──それで、今回の試験を受けるにあたってカンニング等の行為はしていないね?ほら、透視能力を使って不正行為を働くってのは、割とよくある話だからね。そういう受験者は個別で、他人の力を借りられないような環境を作って試験を受けることになってる」
「──今回、君の能力は現在活動を停止している、且つ、透視などの性質を持つ無作為な事象を発現させるほど制御できるものではないとの理由から、そういう特別措置は取らなかった……あとは単に、この試験のためだけに『アザレア』から派遣できる能力者がいなかったという理由もあって、普通に試験を受けてもらった」
「──でも、実際は違うんでしょ。エドワード、君の能力は完全に停止したわけじゃない。それは、君自身がよくわかってるんじゃないかな。もう一度言うけど、私の能力は"心読み"だからね」
念を押すように、「嘘をつくな」と言うように。
桐野は自分の能力が相手の心を読むことができるものであるということを強調して言った。
能力が停止したわけじゃない──裁判の最中に、左目を通して、シャンドレット王にかかる黒い呪いを見たことは事実。その事実を、桐野はオレの心の中から読み取ったのだった。
「エドワード!?貴方、どうしてそのことを言わなかったのですか!じゃあ、貴方今まで……」
付き人が声を少し荒げた。
そんな付き人の言葉を制したのは、意外にも桐野だった。
「まあまあ、落ち着いてください。……この件は『アザレア』最高責任者の耳には届いていません。何せ、私が今、エドワードを目の前にして、エドワードの心を読んで確認した事実ですので」
「──それに、どうやら我々『アザレア』にも落ち度があるようで。当時のEクラスが黄泉さんから受けてきた仕打ちについては、反省と謝罪をすべきことでしょう。申し訳ありませんでした。……しかし、これ以上事態を荒立てたくないのはお互い様。君の考えは事態を荒立ててしまうことによって、"これ以上、自分のことで王様に心配をさせたくない"でしょう?」
「──だからエドワード、どうだろうか?……この試験を無条件でクリアしたことにする、且つ君の能力のことをジルさんには黙っている、というのは」
二人の間に沈黙が続いた。
尤も、状況が掴めていない付き人は「なに?」「どういうこと?」と声をあげ、状況把握に努めている。
そして数十秒の沈黙の後、オレは桐野を睨みつけて口を開いた。
「嫌な人だな、あんた」
「たはは、厳しいなあ。まあ、よく言われるよ」
「……あの裁判の場で、クソ教師には触れず、"もう好きにしてくれ"と発言したのはオレだ。だから今更……こんなオレを庇ってくれたあの方の顔に泥を塗らないためにも、今更どうこう言うことはない。それは約束する」
「──でもその代わり、もうオレにかまわないでくれ。いちいち、そのツラを見せるな。あんた達がそのツラを見せて関わりにくるたびにオレは思い出さなきゃならなくなる。どうせ、オレなんかは能力も扱えない。あんた達からしちゃ落ちこぼれなんだから」
「──こんな落ちこぼれにかまってる暇があるんなら、魔物の一匹でも倒して、このギルディアのためになることをしたらいい。その方があんた達『アザレア』さんのためにもなるんだろ?」
『アザレア』最高責任者の秘書である人に、とんでもない暴言を吐いていることはわかっていた。暴言の間、声も身体も震えていた。桐野が暴言を受けている間、顔色を変えないことも恐ろしかった。
しかし、オレに後悔はなかった。
青く澄み渡った空色の瞳で、真っ直ぐ前を見据えて言い切った。
「たはは、なんかすごいね。……君はきっと大物になるような気がするよ」
桐野は肩をすくめて苦笑い。
それから、間も無く椅子を立ち、オレの横を通り過ぎながら、さらに続けた。
「黄泉さんのことが公にならないと約束してもらえるならそれでいい。君の言うとおりにしよう。それじゃ」
ひらりと手を振って、桐野はさっさと部屋を出てしまった。
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