王の慈悲⑵
そうして──
最終的な判断はギルディアの王に委ねられた。
しかし、悲惨な現場を目撃した笹野の声も届かなかったのだから、この王も同じだと思っていた。
そもそも、このギルディアに『アザレア』以外の権力者として、王が居たなんて知らなかった。この証言台に立たされて初めてその姿と存在を認識した。『アザレア』職員が栄誉とされるまえに、王と呼ばれる存在が一番であるだろうに。
この王は頭に冠を戴くだけ影の薄い置物。
そんな無礼なことを、オレは思っていた。
ゴホ、ゴホと咳をしてから、王は声を発した。
「僕は、今朝、初めてこの一件のことを聞きました。『アザレア』の皆さんには、こんな僕に代わって、常にこのギルディアを防衛してもらっていることを大変感謝しております」
「──なので、あまり出過ぎたことは言えません。しかし、この場を見て思うことがあったので。退学処分後の彼の身柄は王家で引き受けます。もちろん、条件は付けますが」
ざわり、ざわりと王の言葉を聞いた者達が困惑の声を発する。
一番困惑していたのは、王の隣に立っている付き人らしき女性だった。この女性を、オレはのちに"先輩"と呼ぶことになる。
「……へ、陛下!?一体何をおっしゃっているのですか!?」
「皆さん。『アザレア』も学校も、そして彼自身も。皆んな、彼のことをすっかり恐れてしまっている。しかし、それは当然であって常に魔物と対峙する『アザレア』やその附属学校は魔物が怖いに決まっています」
「──そして彼自身も、人を傷つける危険のある自分の力が怖いでしょう。ならば、全く差別することのない目が、彼を恐れず彼として見る目が必要でしょう。その目の役に、僕がなるんです。……幸い、僕が死んだって今は誰も困りませんからね」
そう言うと、王はやおら立ち上がった。
それからオレの目の前まで移動した。
あわてて付き人の女性が追いかけたが、彼女が追いつく前に、王はオレに語りかけた。
「初めまして。エドワードさん。僕は、シャンドレット。このギルディアの王……なんて偉そうなことを言える立場と状況ではありませんが、一応形式上はそうなっています」
「──貴方は、とても強い人だと思います。自分の罪と過ちを受け入れ、反省しているからこそ、最初はあんな風に言ったのだろうと思います」
「──僕は、そんな強い人をもう一人知っています。皆んなから強く批判されながらも、その人は真っ直ぐでした。その人の姿と、貴方の姿がよく似ていたから……と言っては動機が不純かもしれませんが、しかし。どうか、今一度」
「──今一度、貴方の強さが本物であることを、王である僕と、ここにいる大人達に全員に示してもらえませんか。それと同時に、貴方の強さがこのギルディア皆んなの脅威とならないことを証明してください」
「──ついては、今から2年後に行います王家正規職員の採用試験を受けてください。その試験に合格すれば、貴方が引き起こした"らしい"罪の、償いとします」
王が言葉を終えると、どっと声が沸いた。
王の寛容さに対する歓声ではなく、批判の声ばかりだった。
批判の声を浴びながらも王は微笑み、付き人の女性に「やはり、強引すぎますか?」と心配そうに聞いていた。
付き人の女性は呆れたように、首を横にふった。それからオレを一瞥して、「こうなったら、貴方も覚悟を決めてください」と語りかけた。
そして批判の声が上がる場内を沈めるべく「静粛に!王の判断に意義のある者は挙手の上、一人ずつ発言しなさい!」と声を荒げた。
すると何人かの手が上がる。
そして「おい、シャンドレット」と、口調荒く王の名前をよんだのは、『アザレア』の最高責任者ジルベルトだった。
「随分、強引じゃないか。仮にそのガキを王家が保護するとして、その王家を護衛するのは誰だと思ってるんだ。……それに、お前は形式上たまたま参加しているだけと言うことはわかっているのか?この一件は、そもそもの話『アザレア』と学校の問題のはず。それなのに、お前のお人好しな私情でもって王家が割り込んでくるなんて何様のつもりだ。まさか、王様のつもりとは言うまいな?」
「──『アザレア』職員を殺した"人殺し"を雇うなんてしたら自分の身がどうなるか、民から何て批判されるのか分かって言ってんのか。お前は、ただでさえ……」
ジルベルトの問いにシャンドレット王が苦笑いのまま答えようとすると、先に付き人の女性が「『アザレア』最高責任者であろうと王陛下への言葉遣いには気をつけてください」と注意を促した。
ジルベルトはその注意を「ふん」というため息で一蹴し、「どうお考えですか?」と問いかけた。
「お気遣い頂きありがとうございます。……ええ、僕の責任により王家に対する民の評価は低いままでありますが、それはさしたる問題ではないと考えます。なぜなら、これは彼の問題です。彼が強さを証明するのは、王家の地位向上のためではなく、彼自身の未来のためだと僕は考えています」
「──そして、何様のつもりって、僕は今も昔もこのギルディアの王です。そして彼は……エドワードは今もなおギルディアの民です」
「──お言葉を返すようですが、ジルさんこそ、一体何様のつもりですか」
ジルベルトの隣に控えていた群青色の瞳の男が、剣を抜いた。
それに臆することなく、シャンドレット王は続けた。
「あなた方は先ほど、彼に死刑を求めましたね。学校側も退学処分が相当であるとも。その時点で、彼は単なるギルディアの民です。そして、王が民を憐れみ救いを差し伸べることこそ、王の責務であり僕に課せられた役割です」
「──あと、"ネルロさん"のことについて、僕はまだ納得していませんよ」
そう強く言い切ると、ゴホ、ゴホ、とシャンドレット王は咳き込み始めた。
オレが立たされている証言台の手すりに手をつき、さらに激しく咳き込むと、先まで全くの他人であったオレでも王の容態が心配になり、「あ、あの大丈夫ですか」と声をかけ、その手を握った。
ひどく、ひどく──
まるで死人のように冷たい手だった。
そんな容態にもかかわらず、シャンドレット王は心配してくれたオレに微笑みを向けた。
「王陛下、そしてジルさん。発言をよろしいでしょうか」
静かに声を発したのは、審議中には一切発言をしてこなかったユリヌ校長であった。彼は右の人差し指を立てながら静かに発言の許可を待っていた。
シャンドレット王の付き人が「どうぞ」と言い、ジルさんは「武器をしまえ、レオ」と、こちらも付き人に指示をしていた。
「まずは、シャンドレット王。どうか御身をご自愛くださいな。エドワードさん、貴方の後ろにある椅子を陛下に差し上げて」
あっ、と声を上げて、オレはユリヌ校長の言う通りに自分の後ろにある椅子を持ち上げた。
しかし、思いのほか椅子が重かったのか、証言台周りの柵よりも高く持ち上げることができず渡すのに苦戦していると、ユリヌ校長の肩から毛むくじゃらが降りてきて、オレに加勢した。
そうして椅子をシャンドレット王の付き人に渡すことが叶うと、付き人は王を椅子に座らせた。また、毛むくじゃらは「もじゃ!」とオレに何かを訴えると、ユリヌ校長の肩の上に戻っていった。
「そして、陛下を含む王家の皆様、そして『アザレア』の皆様。此度は我が校の生徒と教員の一件につきまして多大なるご迷惑をお掛けしていますことお詫び申しあげます」
「──本来であれば、我々共が厳正に判断をすべきところ、私は未だ学校長として未だ対応を決めかねております。しかし、今ようやく答えが出ました。答えと言っても、"両者の案に乗っかる"という答えではありますが」
「──ところで、エドワードさん。その左目、先ほど陛下が貴方の前に立った時からずっと開けているようですが……、貴方の能力は『青天の霹靂』と言って、左目を開けた時に無作為な事象が起こるというものでしたね。それは今、発動していますか?」
オレは、さっと左目を手で覆った。
自分の味方をしてくれたシャンドレット王の前で、ずっと左目を開いていたという事実が恐ろしくなり、「え、あ……」と言葉にならない声を発して、オレは後退りした。
「私は、貴方の瞬きの回数を数えていましたが、貴方が無意識のうちに合計12回、左目は瞬きました。しかし、その12回のうち一度も、無作為な事象は観測されていません。先生方、どう思われますか。彼の能力について、不確定な要素が多すぎませんか。すると、この一件も真にエドワードさんが起こしたものなのか、正確に判別ができませんね」
「──しかし、残念なことに実際に被害者が……それも極めて優秀な『アザレア』職員が亡くなられたという事実は起こってしまっているため、無罪放免と言うわけにもいきませんよね。先の彼の発言もあることですし」
「──ので、王陛下。先ほど彼に与えていただきましたご慈悲の期間は、我々共が責任を持ってサポートするではいかがでしょう?その間、彼の能力使用を禁じ、故意でも過失でも能力を使って他の人物や物を傷つけた場合は、即刻、身柄を『アザレア』に引き渡し、"処分"する」
「──何事もなく2年の時を過ごし、且つ王家職員試験に合格した場合は王家の職員として採用。合格できない場合は償いの意思がないものとして、『アザレア』が"処分"する」
つまり、"執行猶予"というやつを設けるわけです。
とユリヌ校長は自身の発言を締めくくった。「もじゃ!」と肩に乗る毛むくじゃらが発声すると、どこかホッとした様子で自らの椅子に座った。
再び、沈黙が流れる。
シャンドレット王も、ジルベルトも、ユリヌ校長の意見に意義を唱えることはなかった。
尤も、シャンドレット王は椅子に座していても呼吸が荒くとても声を発せられる状況ではなさそうであり、ジルベルトはというと、ユリヌ校長が折衷案を発言する前には、意見を決めていた様子であった。
「これから定期的に、学校の監視にはレオをつける。それ以外は校長の意見に従っても構わん。こんなくだらん話し合いは以上だ」
「──誰が、何と言おうと。俺がこの役職にいる限り『アザレア』の体制は変わらない。……今更何をしにきたのかは知らねえけど、学校は常に『アザレア』の監視下にあることを、よく覚えておけ」
吐き捨てるように言って、ジルベルトは椅子を立った。
それから群青色の髪の付き人と共に審判所を出ようとするその後ろ姿に、シャンドレット王が声をかけた。
「ジルさん、ありがとうございます。それからユリヌ君も。……あと、笹野先生には、お帰りなさい、と言いたくて。でも、ごめんなさい、もう少し皆さんとお話ししたいのですが……」
「──ああ、そうだ。エド、僕は君のことを待っていますから。先生方の言うことをよく聞いて、しっかり勉強してきてください。大丈夫、貴方は強い人ですから。きっと出来ますよ」
ガタンと音を立てて、シャンドレット王はそのまま椅子から崩れ落ちた。
既のところで、付き人に身体を支えられて硬い床の上に倒れることはなかったものの、「さて、この人はこんな状態なのに、いつから黙っていたのでしょうか」と、王の額の熱を計っている付き人の言葉と、その言葉にシャンドレット王が返答しないところを見るに、やはり、かなり容態が悪い様子だった。
「……ったく、次目覚める時にはその虚弱体質と一緒に、自らを勘定に入れないお人好しまで治っていればいいが」
最後に、ジルベルトが悪態をついた。こうして、事件は一度収束した。
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