王の慈悲⑴



 それから、数日後。

 『アザレア』養成学校の生徒が、『アザレア』職員を殺害したという内容の裁判が開かれることとなった。


 裁判が開かれるまでの数日間、オレの身柄は『アザレア』に拘束されていた。

 自由はないどころか、事件を起こした後から裁判に至るまで、薬により眠らされていた。無作為の能力により魔物を呼び寄せることが可能であることがわかった以上、オレはギルディアにとって脅威でしかなかったのだ。


 裁判当日になって、オレは審判所の控え室で睡眠剤による拘束を解かれた。しばらくぼーっとした状態が続いていると、突然耳元で乾いた爆発音が聞こえた。


 オレはその音に驚き覚醒した。

 それと、同時に、目の前にスーツ姿の女が立っているのと、その女が持っている黒く大きなものが自分の額を押し付けていることを認識した。



「目覚めてから10秒もしたのに、未だ自分の罪を反省しないなんて、良い気なものですね。ヨミさんを醜悪な魔物に食わせるなんて。……アオトさんに聞いたけれど、入学式の騒動もあったというのに学校は何をやっていたの。……もう、裁判なんかやらずにここで撃ち殺してしまいましょうか。どうせ死刑でしょう」



 黒スーツの女は、目覚めたオレに言葉をぶつけた。そうして、狙撃銃の銃口をオレの額に押しつけたまま、引き金に指をかけた。

 オレは命の危険を感じ、思わず銃口を払い除けようとしたが、手足を拘束されていたためにかなわなかった。そして、数日間の眠りにより力加減を忘れていた反動も相まって、座らされていた椅子から床へと転がり落ちた。



「シイナ、やめとけよ。ガキ相手に、八つ当たりしてんなよ」



 同じく控え室にいたスーツ姿の男が顔を覗かせた。

 一方、狙撃銃を構える女は、その男の存在が煩わしいとでもいうように顔を顰めていた。



「……八つ当たり?私は八つ当たりなんかしていませんが?」


「は、どうだか?レオのやつに"総長"の座を横取りされてイライラしてんだろ。そりゃまあ、八つ当たりもしたくなるか?このガキに殺されたお前の兄、"椎名 黄泉"が『アザレア』戦闘部の総長だったんだから。色々思うとこがあんじゃねえの?」


「……黙っててください。レオさんの腕も確かですから、総長の座にふさわしいと思ってますよ」


「ふうん?ま、俺はお前たちがそうやって切磋琢磨してくれる分だけ楽できるから別にいいけど。せいぜい早く死んでくれるなよ」


「……リシュアさん。貴方の不真面目さには、ほとほと呆れます。ヨミさんじゃなくて貴方が落ちこぼれの教師役になればよかったのに。そしたら今回この子供に殺されるのも貴方だった」


「はは、そりゃ悪かったな。……さて、お前はその武器下ろしてそこで大人しくしてろよ。身内を殺されたからって頭に血が上りすぎだ。俺が代わりに説明してやっから」



 二人にしかわからない問答を繰り広げた後、女は狙撃銃を納めて、男にその場を譲るように後退し、白い壁に寄りかかりながら腕を組んだ。そして、女は視線だけでオレに対し、針のように鋭い敵意を向けていた。


 一方、男の方はというと、倒れたままのオレの前にしゃがみ込んで言った。



「お前、エドワードだったな?まあ、名前なんかどうでもいいか。どうせお前は死刑だ。お目覚めのところこんなことを伝えるのは悪いが自分のしでかしたことなんだから諦めろよ」


「──んで、これからまもなく『アザレア』職員殺害の件で裁判を行う。ギルディアの王も参加するから勝手な言動は許されない。発言が許された時以外は黙っていろ。我々『アザレア』に頭下げてる"顔のない王"の御前なんだから」



 そう聞かされると、控え室の扉が開かれた。

 オレはまるで荷物を扱うかのように乱暴に男に起き上がらされた。そして、未だもつれる足で審判所の証言台に立たされた。


 審判所には、証言台を取り囲むように聴衆が座していた。聴衆の座席のうち、証言台正面に一つだけ他より高い場所に座っている者がいた。


 あれがギルディアの王だと一目でわかる。帽子型の王冠を被っていて、王冠には薄オレンジ色のベールが頭全体を覆っている。服装は質素だが、肩に掛けている動物の毛皮付きの赤色の肩掛けは繊維の一本が滑らかな光沢を放っていた。


 また、証言台から見て右手には『アザレア』の最高責任者 ジルベルト・マータと、B、Dクラスの担任教師の姿があった。一方、左手には、ユリヌ校長と新任教師 笹野の姿があった。


 進行役のらしき職員が「ただいまより──」と審議開始の挨拶をしようとすると、『アザレア』側にいたBクラス担任が遠慮をせずに手をあげて発言した。



「開廷前に一つ。そちら、須藤先生は欠席か。彼は罪人のクラス選考に関わっているから、証言が必要だろう。……で、彼の代わりが新任教師とは我々も納得いかないんだが」



 発言には笹野が回答した。



「須藤さんは先日退職されたから、学校の教師じゃありません。本職の方がお忙しいそうで、本日は欠席です。で、現在のAクラス担任は僕だし、須藤さんからも引き継ぎは受けてる。問題はないはずですが」


「──というかお二人とも、そちら側に立ってますけど、君たちはうちの教師……うべっ!?」



 笹野が言葉を言いかけると、いつもユリヌ校長の肩に乗っかっている謎の毛むくじゃら生物が、突然笹野の顔に飛びかかり発言を妨害した。



「……まあまあ、笹野先生。順序を踏んでくださいな。それと、先にした約束は守っていただけると助かりますよ。……それから、『アザレア』の皆様方。須藤さんに関しては先ほど笹野先生が仰ったとおりです」


「──いつかは本職に戻られると、先代校長の時からのお話でしたので。それを改めることは非常に困難ですので、ご容赦いただきたいですよ」



 毛むくじゃらに襲い掛かられている笹野を呆然と眺めながら、ユリヌ校長は言った。それから、チラと進行役の職員に目配せをすると、まもなく審議開始となった。


 審議においては『アザレア』も学校も、オレの能力がもたらす危険性について重視した。

 それから、Eクラス教師が元々『アザレア』戦闘部総長の立場であったことも重視された。

 Eクラスの教師は、教師としては最悪でも『アザレア』の戦闘部職員としては非常に優秀だった。それに牙を剥いたのが、親にさえ見捨てられ、ギルディア全体に脅威をもたらす能力を持った子供。


ならば、どちらに重きを置くべきか。



「Eクラス教師 椎名 黄泉を殉職とし、2階級昇進とする」


「──罪人エドワードは『アザレア』養成学校を直ちに退学処分とします。この審議終了後、身柄を『アザレア』に移し、速やかに刑を執行する」


「いやいや、退学処分は相当としても、子供相手に極刑は、いくらなんでもやりすぎではないですか?」


「罪人の存在はギルディアの安寧に関わる。いくら我々が魔物退治をしても、魔物を呼び寄せる力があるのでは、魔物の犠牲となった職員らが無念ではないか」



 オレは飛び交う議論をただ聞いていた。

 学校側はオレの極刑は避けるよう進言していたが、『アザレア』職員であるB、Dクラスの教師の意見が強く、学校の責任者たるユリヌ校長は黙っていた。

 最終的にオレを擁護していたのは新任教師のの笹野だけだった。

 しかし最終的に、Aクラス教師といえどこれまでの事情を知らない新任教師の言葉だけでは力が及ばないという運びになりつつあった。


 オレが目を覚ましてから間も無く授かるには多過ぎる情報量だった。

 わからないうちに、わからない結果になった。

 知らないうちに、知らない結果になった。

 そもそも、教師にだって非があると思うのに、そういう話が全く審議に上がらないのはいかがなものか。あの教室で同じ苦しみを味わっていたクラスメイトたちは、何も発言してくれなかったのか。


 いや、ああそうか。

 Eクラスは落ちこぼれで、『アザレア』養成学校のお荷物だ。

 そんな子供達が、事情聴取に来た『アザレア』職員を前にしてまともに話ができるわけない。それにオレを庇うような発言をすれば、『アザレア』では栄誉ある地位だったEクラス教師を非難することになり、自分の身が危なくなる。


 オレを含むEクラスの生徒たちは、"落ちこぼれの身の振る舞い方"を、長いものに巻かれて生きる方法をEクラス教師に学んでいたのだ。


 Eクラス教師が死した今──

 幸か不幸か、その振る舞い方が役に立っている。

 Eクラスの生徒たちはオレを生贄に自身の身を守った。一方、オレも"自分がクラスメイトの立場だったらそうする"のだから、責めることはできないし、しないという結論に至っていた。



 ──どうでもいいよ、もう。お前達の好きなようにしてくれ。


 ──オレが許可なく魔物を出したことも事実で、その魔物があの教師を殺したってのも事実だ。


 ──オレは、生きるに値しない、落ちこぼれだ。



 『アザレア』側、学校側の発言の後、オレの発言が許可されたが、オレはそう発言した。それきり、声を発することはしなかった。

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