息詰まる⑵



 オレ以外の生徒は何やらざわついている。

 彼、彼女らの言葉を良く聞き取ると、どうやら壇上の生徒と須藤の両名に対し、感嘆の声をあげているようだった。「1番目からBクラスって自信なくなる」「舞台の上の先生、何者?」「あの子、結構強かったと思うけど……」「霧が一瞬でなくなっちゃった」等、二人の見学者たる生徒たちは口々に言っている。



「Bクラス?Aクラスでは無いんですか?」


「うん。そうだね。最初はそういう決まりなんだ。大丈夫、君ならすぐに上がって来れると思うよ。君のことAクラスで待ってるね」


「あの、先生もしかしてAクラスの先生なのですか?ああ、道理で……結果に納得できました。どうもありがとうございました。また、よろしくお願いします」



 壇上の生徒は須藤に対してペコリとお辞儀をすると、舞台下の生徒を一瞥してから、降壇した。



「須藤先生、余計なおしゃべりは無しでお願いしマスよ。ああ、そういえば各クラス担任の紹介を忘れていましたね」



 司会役のブロズが、遅ればせながらと各クラス担任の紹介を手短に行い、クラス選考を再開した。

 1番目の生徒に負けじと、その後の生徒も須藤を相手に能力の開示を行っていく。生徒たちを相手どる須藤も「優秀な子が多いね」と感想を漏らす中、とうとうオレの順番がやってきた。


 もとより、能力には自信がなく、その正体すらよくわかっていないが、他の生徒の奮闘を見たこの時には、すっかり"自分がこの場に相応しくない"ことを自覚していた。


 震える足でも何とか登壇し、須藤の前に立つ。目の前に立ってみると、この須藤という男にただならぬ雰囲気感じる。特に、紫色の目が印象的だった。時折、宝石のように怪しく輝くその瞳はオレの恐れを映し出すよう。



「……さて、ここまで全員が実践開示だけど、君はどうする?」


「オレは……」



 言い淀む。

 舞台下の生徒達の視線を雨のように浴びていると、段々と寒くなってきて、唇が震えていた。昔から、寒さが苦手だった。



「し、申告、します。……でもオレにもよくわからなくて、何を申告したら良いのか、わからないんです」


「そうか。それじゃあ、君は自分に不思議な力があることは解っているかな?まあ、この学校に来た以上、何らかの力があるのかとは思うけど」


「……力は、あるんだと思います。さっきの人たちみたいな、そういうものじゃない気がする。本当に全然、わからないんです」


「うん。そうなんだね。じゃあ、そうだな。試しに……」



 "何か、して見せて"



 別に、須藤に悪気があったわけじゃない。

 須藤とはこの時が初対面で、オレがどういう経緯で此処に立っているかも知らされていない。


 須藤が言い放ったその言葉は、すべての生徒を受け入れるための言葉だった。


 "どんな生徒でも、できることがある"。

 少なくともこの場にいる以上は、神々に愛され能力を賜っているのだから。それを引き出してやるのが、『アザレア』附属能力者学校の──須藤を含む教師達の、役割だった。


 しかし、オレにとってその言葉は責めの一言だった。



「何でもいいよ。君にできることを、先生に見せてほしい」


「オレにできること…… そ、"掃除"なら得意です」



 くすくす、と生徒達の笑い声が聞こえた。

 はあ、と教師達のため息が聞こえた。

 でも、須藤だけは真っ直ぐオレを見つめていた。生徒達のように嘲笑することも、他の教師達のように呆れることもしていない。



「……先生は大丈夫だよ。"今度こそ"、君達を正しく導くために此処にいるから。"エドワードくん"が見せてくれることを、きちんと受け止める。だから、まずは深呼吸して……」



 オレを見つめているのが須藤だけだったら、まだ良かったのかもしれない。



「須藤先生、時間の無駄です。そんなんじゃいつまで経っても終わらない。我々『アザレア』には時間がない。使えるか否か、最初はその判断だけが必要なのですから」


「ああ!そのとおり。これから入学生全員の能力の詳細を『アザレア』へ報告しなければならないというのに!」


「そこの生徒、早く、早く"何かして見せろ"。それでも『アザレア』を志す能力者か!!」



 3人の教師が声をあげた。

 どの声も、オレを怖がらせるには十分過ぎるものだったが、特に3人目の声が引き金となってしまった。



 何かして見せろ。

 何かして見せろ。


 何か、何か、何か──



 そうだ、何かしないと。

 何でもいい、何かして見せないと。


 息が止まるような思いがしていた。


 そして、刹那──

 稲妻が視界に走る。


 オレの目の前にいた須藤が突然口を押さえて膝をついた。

 その後間も無く、舞台下に居た生徒と教師が、須藤と同じように口を押さえて膝をついていく。中には倒れている人もいたが、状況がよくわからなかった。


 オレには何もわからなかった。


 呆然としていると、大きな力でオレの身体が押さえつけられた。

 押さえつけられたことにより身体に痛みを感じてオレは反射的にその原因を目視で確認する。

 すると、オレの身体を押さえつけているのは須藤で、大きな口を開けて人より鋭い牙を見せつけて、叫んでいた。



「能力を、解除しろッ!!今すぐッ!!」



 解除?解除なんて、どうやるのか。

 そんなこと、オレにはわからない。何もわからず此処に連れてこられ、何もわからず此処に倒れているのだから。



「わかるか?できるか?」



 わからないし、できない。

 なんだ、オレはどうしたらいい?



「ん、わかった。俺が直接聞きだしてやる。だが、これはお前の神にケンカを売る行為だ。能力が壊れるかもしれないし、命が取られるかもしれない」


「──悪いが、今すぐ死ぬ覚悟をしてくれ。じゃないと、君を人殺しにしてしまう。もう、先生は、そんなことはさせたくないんだッ!!」



 その後、数十秒間だけ須藤は何かを喋っていた。

 それは少なくとも、オレが行政長官となった今でも知り得る言語ではなかった。

 それから、須藤は何かを喋り終えて、オレの顔に視線を戻すと、身体を押さえつけていた手を一度離し、その手でオレの左目を覆った。

 そうして、「もう大丈夫。しばらく自分で目を塞いでてね」と優しい声音で語りかけると、慌てた様子で階段を使わずに舞台上から降りた。



 オレは、その後のことをよく覚えていない。

 クラス選考は一旦休憩となり、オレだけは寮への帰宅を指示された。


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