息詰まる⑴



 6歳だったオレはギルディア特殊能力研究機構『アザレア』附属養成学校へ入学した。


 いつの日からか──民から神のように崇められていたギルディアの王の顔が人々から忘れ去られてしまった頃からか──常に魔物の脅威に脅かされるギルディアで生活する人々にとって、魔物退治の専門機関である『アザレア』へ尊敬の的であり、『アザレア』附属能力者養成学校へ入学は栄誉となっていたらしい。しかしながら、オレはそれを特段喜びも、悲しみもしなかった。


 オレはどこか外国の貧乏な家庭にて、その生を受けたが、何やら不思議な力を持っていることがわかると、両親は自分たちが生きていくためにオレのことを金に変換した。

 その後、生みの親がどうしているかは、知らない。知ったところで生みの親の顔すら思い出すことができないのだから、もはや他人という感覚に近かった。

 金に換えられたあと住まうこととなった家は、毎日決められた数時間の余暇があるくらい、そこそこ裕福な家だった。

 その余暇の合間に、オレは一家全員の前に立たされて、いつも言われていた。



 ──何かして見せろ。



 そう言われても、オレにはわからなかった。

 自分がなぜこんな裕福な家に売られたのかも、どんな価値があったのかも知らなかった。

 ただ、毎日家の主人からは"何かして見せろ"と漠然とした命令が下されるだけだった。

 でも、何かがあって自分を買ってもらった以上は、何もしないわけにはいかない。とにかく自分にできることをやってみたが、違う違う、と怒鳴られるばかり。そんな生活の中で、ようやく自分が何か不思議な力を神から賜った存在──所謂、"能力者"という存在であることを知った頃には、主人たちからは飽きられ、毎日家の掃除ばかりしていた。


 そしてある時、オレは主人からクビを告げられ、荷物を一つも持たずに家を追い出された。


 これからどうするか考えていたその矢先、玄関前に一人の男が立っていた。長身の男はオレのことをまっすぐ見つめ、その男の肩に乗っかっている謎の毛むくじゃらも、大きな目でじっとオレを見つめていた。



 ──エドワード・エミール・エリオットさん。

 貴方はこの家の御当主に売却されました。今日より、貴方の所在はギルディアに移ります。


 ──ギルディアには『アザレア』と呼ばれる能力者と魔物を研究する機関があり、その『アザレア』が運営する能力者の学校へ、貴方は入学してもらいます。そこで、貴方は能力に対する知識を身につけ、いずれは『アザレア』に貢献する職員となることでしょう。


 ──ああ、失礼。申し遅れました。

 私は、ユリヌ。これからエドワードさんが通う『アザレア』附属能力者養成学校の教師……いえ、校長先生です。ほほほ、どうぞよろしくお願いしますよ。



 ユリヌ校長に連れられて、オレはギルディアへ向かった。

 その間、特に大した会話はなく──ただ、学校はどんなところか、とオレは質問をしたが、「私も本日が初登校なのでどのような場所かは知りません」と、よくわからない回答を得ただけであった。

 途中、シエント帝国という大きな国に入ってからさらに大きな森を抜けると、オレは少しワクワクとした気持ちになっていた。

 通りがかったシエント帝国が大きな国だったし、能力者の研究なんてことをしているんだから、さぞ大きな国に違いないと勝手に考えていた。


 が、実際は拍子抜け。

 まだオレが元々住んでいた国の方が大きく、ギルディアは国というよりも、田舎の村に近かった。

 しかし、ユリヌ校長の後ろについて歩きながら村を歩いていくと、だんだんと田舎村には不釣り合いな建物が増えていった。

 曰く、王都と呼ばれる場所で、王族はもちろん、『アザレア』や学校の関係者が生活している区域であり、オレがこれから住まう学校寮もあるのだとか。


 ひとまずは住まいを見てから、と寮に案内された。

 持ってきた荷物なんかはないから、荷解きをする物が無い。制服に着替えるのと、あとはただ部屋を眺めるだけであったが、勉強道具や必要最低限の生活用品は整えられていて、元が奴隷のような環境であっても、一生徒として受け入れられるほどの権力があるのだろうと感じられた。


 そうして、学校に到着した。その後、間も無く体育館へ移動。体育館にはオレ以外の生徒や、ユリヌ校長以外の教師も集まっていた。



 ──では私は今から挨拶があるので、これで失礼します。

 指示は他の先生に聞いてくださいな。



 ユリヌ校長はそう言って、駆け寄ってきた他の教師──当時のAクラス担任である須藤と短い会話を済ませると、体育館の舞台へと登壇した。


 突然ユリヌ校長に放り投げられたオレは何をすべきなのかよくわからなかったが、他の教師の指示に従い、生徒の列に混ざった。


 壇上にて、ユリヌ校長が挨拶をしている。

 初登校と話していたユリヌ校長だったが、それをまるで感じさせることなく、流暢に自己紹介と校長として生徒たちの入学を祝う挨拶を行った。

 そして、挨拶を終えたユリヌ校長が降壇すると、須藤が登壇し、置いてあった講演台を舞台袖へと片付けてから壇上に残り、舞台下にいる司会役の教師……その当時もCクラス担任だったブロズに目配せをした。


 すると、ブロズが言った。



「それでは、クラス選考を行いマス。名前を呼ばれた生徒は登壇し、自身の能力を開示しなさい。言葉で申告、あるいは実践、どちらでも構いません。ただし、実践は壇上にいる教師に対してのみ行いなさい」


「──決して他の教師や、これから勉学の友となる生徒らに向けることは許されません。その時点で入学を認めな……ああいや、最下級Eクラスに在籍となりマス」


「──どれほど優秀であっても、そういう誇りの無い生徒は、今後『アザレア』にも本校にも必要ありません。……それでは、始めマス」



 周りの生徒が、ごくんと唾を飲んでいる。

 緊張するのは当然のこと。このクラス選考こそ、『アザレア』職員という栄誉へのスタートラインなのだから。


 その一方で、相変わらず状況すら掴めないオレは、ただ立ち尽くすしかなかった。


 親に売られて金持ちの家に来た。

 金持ちの家では、自分の能力もその価値も何もわからず、けれど何かを成し遂げるために奔走したが、結局何も起こらなかった。その家の主人に売られて、『アザレア』とかいう組織の学校に来た。周りに漂う緊張感の理由もわからず、これからどうしたら良いのかもわからない。


 そう思っているうちに、一人目の生徒が壇上にて「よろしくお願いします」と大きく声をあげた。



「能力の開示方法はどちらにする?まあできれば、先に言ってくれると助かるかなあ」


「敵と戦うのに能力の開示をしては不利になります。先生には手加減が必要ですか?」


「そうか。手加減できるってことは、君は優秀なんだね。じゃあお互いに死なない程度で、君に任せるよ」



 刹那、周囲が白く色を変える。

 オレには何が起こったのか理解ができなかったが、この空気に白色が混ざり視界が悪くなる現象は、オレの故郷でしばしば見られた。



「うん、オーケー!君の能力は"水を操る能力"なんだね。速度、威力、そして制御の面でも申し分ない。Bクラスが妥当だね。正直一人目からこれだと、後の選考が難しくなっちゃうんだけど……」



 白く立ち込める霧の中で、須藤の声が聞こえる。

 それから二度手を叩く音がすると、薄紫色の光が体育館全体に広がり、霧が晴れていった。

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