フィクション

碧海 汐音

第一話 非通知設定の電話は少女から

「遥か昔、とある楽園がありました。そこに住んでいた女性は蛇にそそのかされ、禁断の果実を手にしました。もしも、その女性が禁断の果実を手にしなければこの世に溢れるほどの嘘などはなかったのでしょうか――」



頭のすぐ横に置かれた携帯が一定のリズムで震えているらしい。耳障りなアラーム音と蝉の声が、徐々にはっきりとしていく意識と混合する。


バルコニーの物干し竿に吊るされた観葉植物が風で揺れ動く影を映し出していた天井を僕は仰向けのままぼーっと眺めた。はっきりとした影を映し出すほどのからっと晴れた空で照る太陽の光に体が起きろとうるさい。


起きろとうるさいのはそれだけでなく、鳴り続いていたアラーム音も同じだった。止まれと念じるだけで止まるものではないようで、僕は携帯を持ち上げて、嫌な程に鳴り続けるアラーム音を止めた。目を閉じてため息をつく。ほんの数秒だけ閉じた目を開けて、再び天井を見た。


しゅう

母さんが扉越しに俺を呼んだのが聞こえた。囁くようなそんな声で。まるで頭の中に直接話しかけられているみたいな、そんな小さな声で。

「起きてるよ」

掠れた声で言う。だが、それに対する返事は無かった。


起こしに来るのも、返事をくれないのも珍しかった。それを不思議に思いながらも、起ききれない意識をすぐ横に置いてあったスマホに向けた。電源ボタンを押してスマホを起動させると、七時十分の文字が目に入った。一旦、スマホを横に置いてから背伸びをし、ベッドから起き上がる。そのままスマホを持って寝室を出た。


ぺたぺたと裸足の足元から音がする。七月の蒸し暑い暑さが家の中にまで侵入してきているのを感じる。蒸し暑さをまとったままキッチンに向かい、二十三度でエアコンを付けた。カップをセットしてコーヒーメーカーの電源を入れる。その間に冷蔵庫から食パンを取り出し、バターを塗ってトースターに入れた。


数分後、淹れ終えたコーヒーと溶けたバターの香ばしい匂いのする食パンをお皿に入れて、あまり使わないソファの下に座ってテレビの電源を入れた。

「……いてのニュースです。」


朝のバラエティよりではないニュース番組が放送されている。

「先日、都内の廃墟となったビルで少女二人が死亡しているのが発見され、警察は殺人事件と断定して捜査を進めています」


画面が切り替わり少ししてからアナウンサーの声が流れてきた。

「これは都内に設置された防犯カメラの映像です」

少し画質の悪い映像の中心に映し出されていたのは、死亡したと思われる少女二人だった。


「少女二人はビルの路地裏に入っていくとそのまま姿を消し、この一週間後解体された遺体となって発見されました。」

この時は動いていた人が今はもういないと思うとなんだか心が締め付けられる。赤丸で囲まれズームされた少女たちの姿を何度も見た後、インタビューの映像が流れた。


「あそこに出入りしている人は見たことがないんですよね」

「あそこからたまに異様な匂いがしてたんすよ。そしたらまさか……ね」

事件現場の隣のビルで働いている人、近所の人などにインタビューしているようだ。次に立ち入り禁止のテープと捜査をしている警察官たちの姿が映し出された。


「警視庁は殺人事件として周辺の防犯カメラを調べるなど捜査を進めています」

そこでテレビを消し、目の前の冷めかけのコーヒーを口に含んだ。

冷めた食パンとコーヒーをおなかの中に入れて立ち上がる。


――プルルルルルル

携帯から着信音が鳴った。画面には非通知設定と書かれていた。取るべきでは無いと思いながらも先ほどのニュースを思い出してしまう。これがもし助けの電話であれば、そう思い着信ボタンを押した。


「はい」

「あの……」

相手は少女のようだ。声からして小学生か中学生だろう。少女は落ち着いた声で言った。

「助けてほしいんです。」

「え?」

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