第12話 リンゴパーティー

 宿屋『森の木漏れ日』の近くにある、子供達がよく遊ぶ広場。


 今、その広場の真ん中のテーブルには大きなリンゴが置かれ、そこから切り出されたリンゴが近くの宿やら店やらに運ばれては調理されている。


 既にいくつかは、リンゴ料理となって戻って来ており、大体のリンゴはアップルパイやジュースに姿を変えていた。


 リンゴ自体が物凄く美味しいから、下手に手を加えるのを避けた結果だろう。俺もそれで良いと思う。


 一般には決して出回らない巨大リンゴ。その料理が無料で食べられると言う噂はあっと言う間に街に広がり、今この広場には、かなりの人々が殺到していた。


 あまりにも人が集まった為、食べる順番は急遽くじ引き制になった。引いた数の小さい順に、トレイ一つに好きな料理を三つまで取る事が出来る形だ。


 そして、アップルパイやリンゴジュースを口に出来た人達の歓声が、所々から上がっていた。



「…………大事になったなーー」


「なりましたねーー」


「ねーー!」



 唯一、くじを引かなくても料理が運ばれてくる席に、俺とメテオラは座っていた。メテオラの膝の上にはルルカちゃんも陣取り、幸せそうにアップルパイをもっちゃもっちゃと食べている。



「しかし、結構な量の料理が集まったのに、足りなそうってのが凄いな。もうリンゴは半分以上が無いぞ、もうじき芯だけになりそうだ」


「ですね。そういえば、芯の部分はお酒に浸けるって言ってましたよ?」


「まあ、あのリンゴなら芯の部分も使えるだろうさ。酒に浸けるのかぁ……。美味そうではあるな。あ、そうだ。種だけは回収しないとな。埋めるバカがいるかも知れない」


「そうですね。あのリンゴの木が街中に生えたりでもしたら大変でしょうからね。簡単に生えるとは思えませんけど」



 メテオラと会話をしながら、俺は新しく来た皿に手を伸ばした。ん? これはリンゴのキッシュかな?



「ルルカもそれ食べるーー!」


「おいおい、大丈夫か? ずっと食べてるだろ?」


「たーべーるーー!!」



 端から見てもルルカは食べ過ぎな気がする。どう考えても、そろそろお腹はいっぱいの筈だ。


 だがそうは思っても、このリンゴ料理を食べる機会などそうは無いのも確かなので、俺はリンゴのキッシュを小さく切った物をフォークに刺して、ルルカに食べさせてやった。



「あーー! ハヤトくーん。もしかして、小さい子が好みですかーー?」


「キータ…………さん?」



 俺に声をかけて来たのは、冒険者ギルドの受付であるキータだ。彼女はもう、すっかり出来上がっていた。


 あーー、何かリンゴジュースに酒をいれて盛り上がってるテーブルがあったな。あそこにいたのか。うっわ! 酒くさい!



「ハヤトくん飲んでますかーー? …………飲んでんのか!? アタシの酒をお前が飲んでんのか!?」


「うわっ! なんだこの絡み酒!? 全然意味わかんねー!?」


「ちょっ、ちょっとキータ先輩!? 駄目ですよ主役にからんじゃ! 誰かキータ先輩を連れてって!!」



 いきなり変な絡み方をしてきたキータが、同僚と思わしき人達に両腕を掴まれて引きずられて行った。何なんだあの酔っぱらい。



「す、すいませんでした。あ、私達もキータ先輩と同じギルド職員です。今日はご馳走になってます」


「……そ、そうですか。楽しんでいってください」


「はい! では失礼します!」


「キータさん、ずいぶん酔ってましたね」


「…………まあ、大人だしな。色々大変なんだろ」



 リンゴパーティーの会場となった広場は、どこもかしこも大騒ぎだ。ちょっと前に警備隊が何事かと来ていたが、すぐに一緒になって騒ぎ始めた。この街は大丈夫なのか? あれで。


 ふと気がつけば、ルルカが口に物を入れたままで、ウトウトしている。眠くなっちゃったらしい。



「…………帰るか、メテオラ」


「ふふ、そうですね。料理を少し貰っていきましょうか」


「そうだな。俺達が手に入れたもんだし、少し位いいだろ」



 何だか収拾がつかなくなってきたので、俺達は料理のいくつかをマジックバッグに収納して、先に宿に帰る事にした。


 広場からはすぐ近くにある『森の木漏れ日』に着くと、女将さんもすでに戻って来ており、俺達は眠そうにしていたルルカを女将さんに預けると、自分達の部屋へと戻った。


 俺達は、ただ希少だと言う巨大リンゴを食べたかっただけなのだが、何だか街の大半を巻き込んでの騒ぎに発展してしまった。


 あまり迂闊な事はするもんじゃないなと、反省はしたが、楽しかったのも事実だ。俺はかなり気分よくベッドに入る事ができた。


 そして俺達が居なくなっても続いていたリンゴパーティーは、料理が無くなってしばらく経った夜中に、やっと終わったのだと、俺達は翌朝に旦那さんから聞いたのだった。


 リンゴパーティーはそれで終わった……のだが、実は今回のリンゴパーティーのおかげで、俺達は街の人達に広く周知され、認められた事を冒険者ギルドで知った。


 確かに、今日も冒険者ギルドに行こうと外に出た時から、街の人に次々と声をかけられていた。結果的に見れば、やって良かったのだろう。



「あ、ハヤトさん。……き、昨日はごちそうさまでした。す、すいません、なんか醜態を見せたようで…………」



 ギルドの受付に行くと、顔を真っ赤にしたキータに謝られた。


 …………まぁ、ベロンベロンだったからな。そりゃ謝りたくもなるだろう。



「あーー、いえ。大丈夫ですか? その、二日酔いとかは?」


「あ、はい。そんなには飲んでなかったので…………大丈夫です」



 キータは目を泳がせながらそんな事を言った。その言葉にギルドの職員が何人かが、驚いて振り返ったところを見るに、あの後もかなり飲んでいたのだろう。



「き、今日も依頼を受けますか?」


「あ、はい。これをお願いします」



  そう言って俺は、受付に『薬草採取』の依頼書を出した。



「…………薬草採取ですか? お二人には、あのリンゴを収穫出来るという実力があるのは解りましたから、下位の討伐依頼ならば止めませんよ?」


「いえ、基本から行っておこうと思いまして。これでお願いします」



 実は昨日のリンゴとの戦いでか、俺のレベルは5に上がっていた。じゃあもう一度『リンゴの収穫』を受けようか? とも考えたのだが、今日また行ったとしても、あのリンゴは当然貰えないだろう。


 ならば他の依頼を受けよう、という事になったのだ。薬草採取の依頼主は薬師ギルドとなっており、名目はポーションの材料集めとある。


 そう、『ポーション』だ。つまりは『回復薬』。これは是非とも見てみたい。どのくらいの効果なのかも知りたいしな。


 という訳で、俺達は薬草採取の依頼を受けて、街の外にある森へと向かったのだった。

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