第5話 番犬たる悪魔『ケルベロス』

『グルルルル…………』



 三つ首の地獄の番犬『ケルベロス』。


 ヤバイ、これはヤバイ! 何の心の準備も無しに、いきなりこんなの相手にして勝てる訳が無い!!


 ジリッと後ろに下がる俺を、ケルベロスの赤く光る六つの眼が捉えた。その瞬間、俺の口からは『ヒッ!』という声が漏れ、まるで心臓が鷲掴みされたかの様に痛んだ。



『グルルラアアッ!!』


「ウワアアーーーー!!」



 飛び掛かって来るケルベロスに足がすくみ、剣を持つ腕が上がらない!


 ――――死んだ!!


 そう思って目を瞑った! …………だが、痛みや衝撃は一向にやって来なかった。それを不思議に思い、恐る恐る目を開けると、そこには…………。



「うううぅぅっ!」


『ガルルルルッ!!』



 

 俺とケルベロスの間に入り、ケルベロスの三つ首に両腕と首を噛みつかれたメテオラがいた。



「メ、メテオラ!?」


「ぼ、僕は大丈夫です! ……それよりも、僕が抑えている間に、ケルベロスを倒して下さい……!!」


「お、抑えてるってお前…………!?」



 良く見ると、ケルベロスの牙はメテオラを傷つけてはいなかった。メテオラは噛みつかれたままの状態だが、両腕を回してケルベロスの両側の首を抑えていた。



「だ、大丈夫なのか!? お前!?」


「いいから、早く! ケルベロスを!!」


「わ、わかった!」


『グルルルルッ! ガアッ! ガアッ!』



 唯一自由な真ん中の首が、メテオラに何度も噛みついている。だがどんなに噛みつかれても、メテオラはその手を放さなかった。


 俺はケルベロスの横に回り込み、メテオラを傷つけないように、しかし一撃でケルベロスを仕留められるようにと、勢いをつけてケルベロスの脇腹を貫いた!



『グガアァァーーーーッ!!??』



 大きな叫びと共に、ケルベロスが首をのけ反らせて動きを止める。しかし、この程度では倒せないだろうと、俺は何度もケルベロスに斬りつけた!!



「この! このぉっ!!」



 …………それはとても、『ヒーロー』の戦い方とは思えなかった。だがそれでも、メテオラのおかげでケルベロスの体からは力が抜けていき、とうとう横倒しに倒れた。



「や、やったのか…………?」



 そして、その俺の問いに答えるかのように、ケルベロスの体が消えていき、その跡にチャリンという音を立てて一つの鍵が地面に落ちる。


 それは全体的に紫色で、持ち手は八角形であり、その部分にケルベロスの顔が彫られた鍵だった。



「…………やったよな? ハッ! メテオラ、大丈夫か!?」


「…………はぁぁ。……こ、怖かったです」



 涙目になっているメテオラの首や腕を確かめてみるが、どこにも怪我はない。ケルベロスのヨダレでベタベタしているだけだ。


 あ、あれだけ噛みつかれて無傷かよ。硬いなコイツ、ちょっと触った感じだと柔らかいのに…………。



「怪我は無いみたいだな。……って言うか、お前もここに来てたのか」


「いえ、隼人さんを入れて空間が閉じてしまったので、無理矢理こじ開けました。僕は『時空間破壊龍』なので…………」


「…………こじ開けたって、メチャクチャだな。…………怪我が無いのも『時空間破壊龍』だからか? 」


「はい、そうですよ。あの程度では、僕には傷一つだってつけられませんよ。それこそ、神器でもない限りは」


「それならそうと言ってくれよ、…………心臓に悪いだろ」


「それは、すいません…………」



 何故か少し嬉しそうにしているメテオラの頭をガシガシと乱暴に撫でて、俺はその場にへたり込んだ。



「はぁーー。……なんだか、色々と寿命が縮んだな」


「あ、そうだ隼人さん。鍵を拾って下さい。そうすれば、あの時間が止まった瞬間に戻れますから」


「あ、ああ。……そこもテレビと一緒かよ」



 メテオラに促されて『ケルベロス』の鍵を拾う。すると、白いヒビが全体に広がり、空間が再び割れた。


 そして俺は、正に同じ瞬間に戻された。その俺の回りでは、五匹の野犬が走り回っている。確かに、時間が止まる直前のあの瞬間だ。



「ガウウゥゥッ!! 」



 ピンチは変わらず? いや違う! 何故なら俺の手の中には『ケルベロス』の鍵があるのだから。


 俺は右手にケルベロスの鍵を持ち、ベルトの右側の鍵穴に差し込んだ。そして、右回しで九十度回す!



『ゲーートオーープン! ケルベロス・ゲーート!!』



 ベルトから流れるその声と共に『ソロモン・フォーム』の上半身の前側にある扉が開き、赤い炎の様なケルベロスが飛び出した! 飛び出したケルベロスは、近くにいた野犬を吹っ飛ばしながら走り回り、ぐるりと大きく一周して、背後から俺にぶつかった。


 その瞬間、俺は炎に包まれる。そして、その炎が消えた時!


 俺の姿は、胸部と両肩にケルベロスの顔があり、全身に炎のような、そして鬣のような装飾がある『ケルベロス・フォーム』へと変身していた。



「グ、グルルゥ!? 」



 俺の変身に野犬達が戸惑う中で、俺は動きだす。


 ソロモン・フォームよりも動きが軽く、なによりも速い! 俺は野犬よりも速く走り回り、一頭ごとに蹴り飛ばして一ヶ所に集めた。


 そして、ベルトに挿してあるケルベロスの鍵を掴み、右回しでもう九十度回す。こうする事で、鍵をもう一段押し込む事が出来るのだ。


 そして、もう一段押し込んだなら、左回しで九十度戻す。すると…………。



『デビルズチャーージ!!』



 ベルトから響くその声と共に、俺の胸と両肩のケルベロスの口が開き炎が溢れた。それは俺の身体を炎で包むと同時に渦を巻き、一ヶ所に集められた野犬達を更に一塊に纏めた!


 これこそが『ケルベロス・フォーム』の必殺技だ!



「終わりだ! セイヤァーーーーッ!!」


『『ギャオオォォーーーーン!!??』』



 ケルベロスの炎に包まれた俺は高く飛び上がり、同じく炎に巻かれた野犬どもに『ライダーキック』をぶちかました!!


 そして『ケルベロス・フォーム』の必殺技をまともに喰らった野犬どもは、爆発と共にその姿を焼失させたのだった。



「…………はぁっ。……お、終わった」



 左手の指輪でベルトの鍵を回して変身を解除する。テレビではこれで悪魔の鍵も外れていたので大丈夫だろう。



「……っはぁーー!」



 大きくため息をつきながら足元を見ると、何やら俺を囲む光の輪があった。



「え!? なんだコレ!? 」


「ああ、それは大丈夫です」



 光の輪は徐々に俺の体を上がっていき、俺の頭の上まで来た所で消えた。


 …………あれ? 何だか身体の疲れが一瞬で消えた気がするぞ?



「なぁメテオラ、今のって」


「はい、レベルアップの光です。光が二重になっていたから、レベルが二つ上がっている筈ですよ」


「おお、マジか!」


  俺は仕舞っておいたステータスカードを出して見てみた。すると、確かにレベル3に上がっていた。



「って事は……! 『ステータス』!」



 そして今度はステータスを開いてみる。すると…………!



「…………全部Gなんだけど」


「たかだかレベルが二つ上がった位じゃ変わりませんよ」



 …………はぁ。ちょっとガッカリだ。まぁいいけど。



「しかし、あの野犬七匹でレベルが二アップって事か? 『ケルベロス』も倒したのに、あの分は含まれ無いのかな?」


「うーーん。まぁ、あれは隼人さんが鍵を使う為の『試練』でしたからね。それに、時間も止まっていましたし」


「ああそうだった。メテオラ、助かったよ。ありがとう」


「え!? い、いえ、役に立てて良かったです」



 と、そんな風にメテオラと話していると、馬車から降りて来た人物に呼ばれた。


 …………そうだった。俺達は悲鳴の主を助けに来たんだったなと、俺は今さらながらに野犬の群れと戦った理由を思い出したのだった。

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