第1話 ひとつだけ、持っていけるなら
ここ数十年で一番大きな台風が直撃した日。俺はベッドに寝転んでゲームをしていた。
強風の音や激しい雨の音がうるさいが、これのおかげで学校に行かなくていいのだと考えれば、腹も立たない。俺が住んでいる家は山の麓にあるので、学校までが遠いのだ。まぁ、そもそも勉強嫌いだし。
進学の際、一番近い高校を選んだと言うのに自転車で二時間かかる。寮のある高校も考えたのだが、やはり自分の家が一番良いのは当然だ。
…………ミシッ…………ミシッミシッ……!
「…………? 何の音だ?」
……………………ドドドドドッ!!
突然、激しい音と共に地面が揺れた!
…………しかしその直後、全ての音が急に止まった。それはもう、唐突にピタリと止まった。地面の揺れすらも、なんの余韻も残さず急に消えたのだ。
台風の風の音も、激しい雨の音も、やっていたゲームの音もしない。本当に、何もかもが止まっている。
「……………………はぁ?」
そして、俺は気づいた。部屋の真ん中に置いた小さなテーブルの上。ジュースの入ったコップが、さっきの地震のせいかテーブルから落ち、空中で静止しているのに。
「…………なん……だ? コレ……?」
コップは斜めになり、確かにテーブルの外にある。見間違いじゃない。それどころか、中身のジュースも少しコップから零れているのに、そのまま停止している。
まるで、テレビで見た無重力空間の液体の様でもあるが、まったく別の現象だろう。だってピクリともしないもの。
時間停止。そんな言葉が頭に浮かんだ。だが、あり得ないだろそんな事! いや、ならコレは? いやでも!
そんな事をぐるぐると考えていると、誰かの声が聞こえて来た。
『本郷隼人。聞こえるか?』
「だ、誰だ!? どこから…………!?」
『俺の名はスルガという。信じたくないだろうが、神の一人だ』
「か、神…………?」
自分の顔が引きつっているのが分かる。言うに事欠いて神か。自ら『神』を名乗る奴が話し掛けて来るとか、恐怖でしかない。いやでも、この状況は…………!
『気持ちは分かるが聞いてくれ、時間はそんなに無いんだ』
「…………この状況について、説明してくれるんだな?」
『そういう事だ。まず、このままだと君は死ぬ』
「…………あーー、何となくそうかな? と思ってたよ」
『うむ。理解が早くて助かる。因みに死因は土砂崩れによる圧死だ。時間が動けば、即死だ』
…………時間が止まる直前の地震はそれか。裏の山が大雨の影響で崩れたのか?
『君を助けるのには理由がある』
「そうだろうな。漫画やアニメだと異世界行きかな?」
『本当に話が速くて助かる。そうだ。君をこことは別の世界に送る。そして君には、その世界を救って貰いたい』
「本当にあるんだな、こういうの。チート能力で異世界無双か」
『無双になるかどうかは、君とこの部屋にある物次第だな』
「部屋にある物?」
『ああ。ハッキリ言って俺は弱い。神の中でも最弱だ。自分の世界が既に滅んでいるせいで信仰心が足りないのだ。君に力を与えられない』
「は!? ちょっと待ってくれ! この流れだと、行くのは魔法やらがあってモンスターのいる世界だろ!? 生身で行くのか!? すぐに死ぬぞ!?」
『落ちつけ。流石に生身って訳ではないし、神々が遊びに使っている世界だからレベルとかがある。まんまゲームの世界だ』
「…………普通より強いし、強くなれるって事か?」
レベルがあるのか。…………いや、それよりも神々が遊びに使っているってのが気になるな。
だが、このままじゃ死ぬのなら、選択肢なんか有って無い様なものだ。
『すまないが、最初はレベル1だ。すぐに強くなれるように準備はするが、基本的に自分で頑張って強くなってくれ』
「よくあるチートは?」
『問題はそれだ。さっきも言ったが、俺は弱い。出来る事は精々、俺の力をアイテムに注いで神器にするくらいのものだ。だから選べ。この部屋にあるアイテムを一種類だけ神器にしてやろう』
「一種類? 一つじゃなくて一種類か」
『そうだ。複数でも関係性が強ければ、まとめて『ひとつ』として神器に出来る。例えば、そこにある漫画。同じタイトルの漫画なら全巻まとめて神器に出来る。しかし、同じタイトルでもスピンオフだと除外されてしまう』
なるほど。しかし漫画が神器になったとして、どう使うんだ? それよりは…………。
「カードゲームはいけるか? 同じタイトルなら、第何弾とかが違っても」
『難しい所だが、カードの物語性が同一ならいけるだろう』
うーーん。物語性か、難しいな。それって、アニメで言えば、主人公が違ったら駄目な感じだろうか? あとは一期とか二期か。だとしたら幅が狭まるし、俺はそんなに多くのカードは持っていない。
物凄いレアカードとかがあったら考えるが、そんなにレアな物は持って無いのだ。
「選べるのはこの部屋にある物だけか? 」
『そうだ。この広さで限界だった』
「時間は? ……止まってるけど、あと何分くらいだ?」
『あと大体三十分だ』
「…………少し考える」
しかしこうして見ると、俺の部屋には録な物がないな。神器として持って行く物か。
ゲーム? 神器になってどうなるのだろうか。大体ゲームソフトを全部は無理だろ、おそらく一つだ。それに、続編は含まれない可能性も高い。
フィギュア? あまり持っていないが、たまたまコンビニのクジで当てたヤツなら確かに強いキャラクターだ。大きさも等身大になれば…………いや、どうだろうな。一人で出来る事なんて限られるだろ。せめてこのキャラクターの仲間達のフィギュアもあれば良かったんだが、無いしな。
プラモデル。今の所、一番良い気がする。デカイロボットになるなら、間違いなく強いだろう。…………問題は、組み立てて無いって事だ。
向こうに持って行って組み立てる事も出来るかも知れないが、部品が折れたり、シールがずれたりして失敗したら、おそらく詰む気がする。…………駄目か。
小学生の頃に買った龍とか剣とかのキーホルダー。…………うん、駄目だな。
「…………これは、思ったより随分とキツイな……」
『大体あと十分だ』
「クソッ…………!?」
時間が無い! 何か、何か他に無いか!? クソッ、プラモデルで行くか!? しかし…………!
「……………………あっ!」
思いついた。これなら、条件を全てクリアした上で数も揃う。汎用性もかなり高い。もし、これが本物になるのなら、選ぶべき物は、これしか無い。
俺は、観音開きの押し入れを開けて、思い付いた物を確認する。
これは、俺が年の離れた姉の子供を世話している時に、何度も見せられたヒーローのアイテムだ。
何度も見て、色々と話に付き合っている内に俺もド嵌まりした、そんなヒーローのアイテムだ。
高校生にもなって、小さい子の玩具を集めるのは少し恥ずかしかったが、俺は集めた。その為にバイトまでして資金を作り、コンプリートした。
イベントにも通って限定アイテムも手に入れたし、お菓子を買いまくって抽選でしか当たらない物も手に入れた。
そう言えば、最近は押し入れに仕舞ったままだったな。番組が終わって一年以上経って、当時の情熱も冷めていたらしい。でも、今眺めてもワクワクはするな。
うん。これならイケる。
『そろそろ時間だ。アイテムは決まったか?』
「ああ、この一式で行く。条件は全部クリアしている筈だ。いけるだろ?」
『…………クク……ハッハッハッ!! なるほどな! これなら大丈夫だ。全部で『ひとつ』だ! よくもまぁ、こんなに完璧なアイテムがあったものだ』
俺が選んだアイテム。それは毎週日曜日の朝にテレビで放送している、『変身ライダー』シリーズの一つ。
特撮ヒーロー『変身ライダー・ソロモン 』の変身ベルトと、その他アイテム一式である。
「…………シリーズの中でコレだけ好きだったんだよ。本当にたまたまだ」
『良し、俺の力を注いでやろう』
声がそう言った瞬間、アイテムが眩しく光を放ち、俺の体に吸い込まれていった。
「おおおっ!?」
『心配するな、これで何時でも呼び出して使う事が出来る』
「そ、そうか…………」
『もう時間だな。後は向こうで待っている、お前が倒すべき相手に聞け』
「は? 倒すべき相手って誰だよ!?」
『魔王だ。お前が倒すべき、十二人の魔王の内の一人が待っている。…………では、頼んだぞ。世界を救ってくれ』
――――神々の、魔の手から。
何か最後に、とんでもなく洒落にならない言葉が聞こえた気がするが、俺の意識はそこで途切れた。
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