第9話 ゴーンゾの秘密②

 約二百年前に北の大帝国「ガーシェ」から流れ着いた者たちが湧き水が溜まった小さな湖のそばに集落を作り、荒れ地や草原を開拓し始めたのがミリバ王国王都ロソドリの起源とされている。


 ショボい収穫しかない農作物だけでは餓死するだけなので、腕に覚えのある者たちは森に入り鳥や小動物に魔物を狩って腹の足しにしていた。


 数年後には子供を産むだけの余裕もできたけど、安定した安全な暮らしにはほど遠かった。


 

 そんなキビシイ生活の集落にゴーンゾは産まれた。



 言い伝えによると、ゴーンゾはこれといって優れたところにある子供ではなかったが、親たちと一緒にもくもくと畑の手入れや収穫にはげんでいたそうだ。


 ある日いつものようにもくもくと畑の手入れをしている時に、森からイノシシの魔物(フォレストボア)が農作物を狙って突進してきた。


 近くにいた者たちが逃げまどう中、ゴーンゾは足をもつれさせて転んでしまい、フォレストボアのするどい牙に引っかけられて飛ばされ、頭を強く打って気絶した。


 腕に覚えのある者たちが駆けつけ、フォレストボアを狩っているスキに、気絶したゴーンゾは集落に運ばれた。


 フォレストボアをなんとか狩る事ができ、集落の者たちが大量の肉を食いまくっているあいだゴーンゾは眠り続けた。


 三日後にゴーンゾが目覚めた。眼を開けたゴーンゾに母親が呼びかけても、ぼーっとした顔で答えなかった。ただ不思議そうに家の中や集落の様子を眺めていた。頭を強く打ったからだろうと、しばらくは畑の手伝いは休ませて、家や集落の中をウロウロ歩き回っているのを見守られていたが、ある日水くみくらいは手伝えるだろうと母親と湖に行ったときに、湖を見ながら母親に質問してきた。


「この湖の魚は食べないの?」


 母親が「この湖は湧き水が溜まっただけだから、魚はいないのよ」と答えると、「魚…食べたい…」とため息をついた。


 もう身体も元通りになっただろうと以前のように畑の手伝いや湖での水くみをさせていると、ヘソと胸のあいだに手をおいて眼を閉じて息を吸ったりはいたりしたり、道端に生えている草や石を手にとってジーッと見つめたりするようになった。ある日畑仕事の帰りに道端に生えている草の根っこを数本掘り出してきて、母親に茹でてくれと言ってきたときには正気を疑ったが、黙って茹でてやると一口かじって「これ食べれるよ、塩をつけるともっと美味しくなりそうだけど…」と言うので母親も恐る恐るかじってみるとたしかに毒やエグミもなく食べれる。喜んだ母親は集落のみんなにゴーンゾが掘り出してきた草の根っこを見せて、茹でた根っこをかじらせてみた。

 それからは畑仕事の途中で根っこの食べれるその草を探して掘り出すのが集落の者たちの日課になった。



 数日後には「この集落には魔法を使える人はいないの?」と母親に質問してきた。


「魔法はお貴族様たちが使えるもので、私達には無理なの。頑張って火を出せるおじいさんはいるんだけどね………」


 両親を含めて「ガーシェ大帝国」から流れてきた者たちはみんな農民や平民で魔法の使い方は知らない。一人だけお貴族様のお屋敷で厩の掃除や庭の雑草取りとかの外回りの下働きをしていたおじいさんが、お屋敷の中で働いている調理人が指先から出した火でかまどの薪に火をつけているのを見て、どうしても自分でもやってみたくてしつこく何度も頭を下げて頼み込んで教えてもらい、なんとかローソクの火程度の小さな火を出せるようになったらしい。年をとって働けなくなってお屋敷から出されたおじいさんは、流れ着いたこの集落では火種係として大事にされている。


 それを聞いたゴーンゾは火種係のおじいさんの家に行き、火の出し方を教えてほしいと頼み込んだ。手にはちょっと太めの草の根っこを何本かかかえていた。


「おじいさん、オレに火の出し方を教えてください。教えてくれたら、またこの根っこを持ってきます。茹でると美味しいんですよ」


 おじいさんは『茹でたら食べられるっていうのはこの根っこのことか…、まぁこの集落に火を出せる者が増えても誰も困る話でもないし、暇つぶしに教えてやるのはいいけど、お貴族様でもないのに使えるのかな…、お屋敷の調理人に教えてもらったときには、何日も土下座して頼み込んでいるのを見た他の調理人やメイドたちが不憫に思って口添えしてくれて、しぶしぶながら教えてくれたが、子供にそんなことはさせられないしな』と思ったが、根っこをもらったお返しに自分が教わったやり方を教えた。


 おじいさんが教えてくれたやり方は、まずヘソの奥にある魔力溜まりを感じること。それができたら、かまどの火をジーッとひたすら見ながら指先に同じように火が出るように念じること。それを毎日繰り返せば、もしかしたら指先から火が出るようになるかもしれないし、いくらやってもダメかもしれないとのことだった。


 喜んだゴーンゾは、それから毎日おじいさんの教えを繰り返し、根っこも届け続けた。数日後に根っこを持っておじいさんを訪ねたゴーンゾはニコニコ顔でおじいさんに指先を見せた。


「エイッ!」という掛け声とともにゴーンゾの指先から火が出た。


 おじいさんは驚いたと同時に創造神サリーエス様への祈りの言葉を教えるのを忘れていた事に気がついた。


「うまくできて良かったなゴーンゾ、だけどこれからは火を出す前に必ず『創造神サリーエス様の奇跡の御業みわざをこの手に…ファイヤ』と言って、創造神様へ感謝の気持ちとどういう魔法を使いたいかをお伝えするんだぞ。それから試しに他の魔法も使えるか試してみろ。やり方は湖の水面に手をつけて、濡れた手のひらをジーッとひたすら見ながら、『創造神サリーエス様の奇跡の御業をこの手に…ウォーター』と言ってみろ。手から水が出せるようになるかもしれんな。ワシは手のひらに半分程度の水しか出なかったから、どうしても喉が乾いたとき以外はやらなくなった。それからもう根っこは持ってこなくていいぞ。食べたくなったら自分で掘りに行くから」


 ゴーンゾは素直にうなずいておじいさんにお礼を言ってから根っこを置いて帰った。それからは水くみに行くたびに、湖の水面に手をついてブツブツと何か言っているゴーンゾの姿が見られるようになった。


 おじいさんはゴーンゾも火を出せるようになったと集落の人たちに教えたので、集落の火種係は二人になった。両親は喜んだと同時に『この子お貴族様でもないのに魔法が使えるようになった…どうしたのかしら』といぶかしげにゴーンゾを見るようになった。


 ーーーーーーーーーー


 初代サウスエンド辺境伯ゴーンゾ様が書き残された『鍛錬の書』には初代様が体験した不思議な話が残されている。


 初代様がまだ子供だった頃に農作業中にフォレストボアに襲われて、頭を強く打って数日間意識がなかったことがあったそうだ。


 その時、初代様は創造神サリーエス様に出会われた。


 創造神サリーエス様は初代様が別の世界に暮らしていて、その世界で死に、そのタイミングで死を迎える子供の身体に魂を移されたそうだ。それがゴーンゾ様だったということだ。


 初代様が暮らしていた別の世界には空を飛ぶ機械や地上を鳥の飛ぶ速さよりも早い『馬を使わない馬車』があり、遠くにいて姿が見えない人とも話をしたり、書類を送ったりもできた。大きな街には沢山の人が暮らしていて、いろいろな国の美味しい料理が食べれた。初代様が暮らしていた国は海に囲まれていた島国で、初代様は魚や貝が大好きだったそうだ。


 創造神サリーエス様からは、魂をこの世界に移すときに魔法を使えるようにしていただいた。


「身体が成長するとともに強く大きな魔法を使えるようになるから、焦らないでジックリと練習しないとダメだよ、まずは身体の中にある魔力のかたまりを感じることから始めなさい。基礎的な魔法『生活魔法』には火や水を出したり、身体をキレイにしたり、土に穴をあけたりできるものがあるから、それを練習して魔法を使うことに慣れなさい。使いたい魔法があったら、頭の中でよくイメージしてから練習しなさい。この世界の言葉がわかる能力(スキル)といろいろな物の価値と何に使えるものかわかる『鑑定スキル』は基礎的なものは使えるようにしたから、道端に生えている草や石とかをよく見て、食べれるものと食べれない毒のあるものを見極めてお腹をこわしたり毒で死んだりしないように練習しなさい』と言われたそうだ。


 創造神サリーエス様のお言葉を守り、初代様は身体の中にあるはずの魔力のかたまりを探して、ヘソと胸のあいだに何かモヤモヤしたものがあるのを感じたので、そこを意識しながら息を吸ったりはいたりしたり、道端に生えている草をジーッと見つめて『コレはナニ…?、食べれる…?、わかるようになーれ』と自分の鑑定スキルに何度も問いかけ続けたそうだ。そうしていろいろな草を鑑定していたら『食用可・根を加熱』と出た草があったので、掘り出して家に持ち帰り、母親に茹でてもらったら美味かったので、褒められたそうだ。


 魔法を使えるおじいさんに使い方を教えてもらい、母親が調理をしている横でかまどの火をジーッと見ながら、火が指先から出るようにひたすら頭の中でイメージしていたら出たー!。食べられる根っこを数本持っておじいさんに見せに行ったら、創造神サリーエス様へのお礼の言葉を言わないとダメだと言われたが、創造神サリーエス様はそんなことは言ってなかった。まぁその場は素直にお礼を言って帰ったが、頭の中でイメージしただけで火が出たので、他の人がいるところでは口の中でモゴモゴ言いながら火を出すようにした。

 湖の水面に触りながら『ウォーター』と頭の中でイメージするとドボドボと水が出る。土を触りながら『穴!』とイメージするとポコッと穴が開く。『壁!』だと土壁、『剣!』なら土でできたカタナ、ニュースで見た雪で作ったドームを頭に浮かべて『カマクラ!』と言ってみたら、なんとか子供一人は入れるくらいのカマクラができた。


 頭の中でイメージしただけで生活魔法が使えるようになるまで、湖のそばでひたすら練習していたが、湖の水面を見ていると思わずため息が出た。


「魚…サカナ喰いてぇ……」


 いつか必ずこの集落を出て、海に行って魚を腹がはち切れるまで食べてやる!。浜辺で貝も焼いて喰うぞーー!。


 ゴーンゾは心に固く誓ったのだった。


 ーーーーーーーーーー


 今ではいつでも海の魚が食べれるサウスエンド辺境伯領では、初代様をしのんで、お祝いごとでは魚料理を食べるのが恒例になっている。






 












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