第5話 閑話 オタクとヲタク……一字違いで大違い

 ★文中に登場するグループ名・個人名はフィクション(想像の産物)ですので、実在するものではありません。


 ★文中で解説されるオタクの生態やライブ中のオタクの行動(オタ芸)については、主人公の個人的意見どくだんとへんけんですので、かたよった解釈です。一般的に定義づけるものではありません。


 ★ライブハウスはスタンディング(立ち見)が基本で、マスク無しで汗まみれのオタクたちが押し合いへし合いしている「コロナウイルスが蔓延まんえんする以前の状況」です。ご了解ください。


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 カオリンとしてアイドル活動を始めてから、あちらこちらのライブハウスにむいろいろな人と出会い、さまざまなオタク用語を知った。


 お披露目ライブのために、曲ごとに変わるメンバーの立ち位置を何度も練習し、自己紹介も噛まずに言えるように練習したけれど、ステージの上ではド緊張でマイクを持つ手が震えた。


 大手事務所の企画で鳴り物入りでデビューはしたものの、最初からファンがいるわけでもなく、同じ年頃の小学生や中学生の多いアイドルグループとの合同ライブで一番目に登場したときには、ライブ会場はまだスカスカでステージ最前には誰もいなくて、フロアの後方に数人のオタクがスマホを見ながら退屈そうにしているだけだった、こういうオタクたちを『後方待機系』と呼ぶそうだ。

 

 MC担当のアーヤンが「今日が初ライブのチョコメロンです、ライブ中の撮影はオーケーですよ〜!」とデビュー曲のイントロに合わせて言った途端に、後方にいたオタクたちはもちろん、フロアの外からもスマホやデジカメを片手にドヤドヤドヤッとステージ最前にオタクたちが突撃してきて、いっせいに撮影を始めた。


 

 あっという間にステージ最前に集まったオタクたちからの身体に絡みつくネットリとした視線とベストアングルを探してウロウロする姿はひたすら気持ち悪かった。



「この人たちホンマ気持チワルー、あとフラッシュ焚かんでも撮れるやろ、まぶしいねんけど。」



 カオリンと『カメコ』との闘いの日々が始まってしまったのだ。


 カメコとは「カメラ小僧」を語源としているそうで、かつては鉄道や列車の写真を撮り、鉄道専門誌やカメラ雑誌に投稿して、その写真が誌面に載ることで承認欲求を満たしていたようだが、いつしか芸能人やタレントの私生活を盗撮したり、公開インタビュー中の女性タレントのパンチラを盗撮した写真を投稿写真専門誌に売って小銭を稼いだりするようになった連中クズのことを意味するようになったらしい。


 カメコのなかには、甲子園球場で開催される高校野球のチアガールたちの前に寝そべってローアングルでパンチラを撮影する悪質な連中クズ・オブ・ザ・クズもいる。


 そんなカメコたちが小学生や中学生の可愛いアイドルさんたちが生足・ミニスカで踊る姿を自由に撮影していいよと言われたら、熱くなるのもしかたがないが、絡みつくような視線は、ただひたすら気持ちが悪いのだ。もちろん衣装の下には『見せパン』を履いている。女子テニスの試合で見るようなアンダースコートや短パンだ。だからそんなものを見て喜んでいるオタクたちは実はかわいそうなんだけど、チケット代金を払って入場しているお客さんなので、その分は作り笑顔で見てあげる。


 カメコたちが絶対的害悪ではない唯一のポイントは、SNSや動画サイト等でアイドルさんたちの可愛いポーズやライブ中の姿を拡散してくれることだ。一般人のくせになぜだか数千人…中には万を超えるフォロワーがいるカメコがいて、拡散力があることをバカにはできない。


『奇跡の一枚』を撮って、SNSで拡散して、それがきっかけでそのアイドルさんが有名になったときに「○○ちゃんはオレが見つけた!」とか「□□ちゃんはオレが育てたー!」とか言いたいんだろうけどね。



 なんしタダで宣伝してくれるならええかなって感じやな。



 ライブ中の撮影を許可しているのが周知されてからは、チョコメロンのライブが始まるとステージ最前にワラワラとカメコが集まるのが恒例になった。そこでライブが始まる前からステージ最前に張り付いている『最前厨・最前ガッツキ厨』とベストアングルでアイドルさんを撮りたいカメコとのあいだで、ステージ最前をゆずゆずらないで揉め事がおきることもある。お互いに興奮して暴力沙汰になり警察案件になり、そのアイドルグループのライブやそのライブハウスには来ないように運営サイドから言い渡される『出禁できん』オタクも出てくる。


 最前厨ゲスの中には仲間内でステージ最前を占拠して、「オレたちが確保した最前を譲るってやるから○○千円払え」とたかってくるヤカラもいるそうだ。



 抜け目がないっちゅうか、やるやーつもそれに応じるやーつもアホちゃうか………。




 ライブ自体は自己紹介→デビュー曲→フリートーク→2曲目で持ち時間15分〜20分で終わるが、それからが長い。


 狭い控室に戻って汗を拭いて化粧をなおして割り当てられた物販スペース(小さな机一つがほとんど)に行き、持ち時間40分から60分くらいはオタクたちの対応をしなくちゃいけないのだ。


 そこではCDやオリジナルデザインのしTシャツを売るが、メインの売り物は『チェキ』(名刺サイズのポラロイド写真)だ。1枚千円でそれを撮ったあとにオタクたちとお話ししながらサインを書いたりするが、最初はオタクたちの名前を覚えるのが大変だった。


 オタクの中にはチェキを撮るときにわざと身体を触ってくる『接触厨』や「売れるためにはアレをアアしてコレをコオして……」とドヤ顔で言ってくる『マウント厨』もいたが、ホンマにめんどくさいのは、通っている小学校や住んでいる場所を聞き出してプライベートに交流を持とうとする『つながり厨』だった。



 ええ歳こいた大人が小学生とプライベートに交流するって、なんなん!?。大人の女性には相手にしてもらわれへんのかいな………。



 あまりにしつこい繋がり厨はマネージャーさんとの濃厚接触(お話し合い)をしてもらったw。


 眩しいスポットライトを浴びてステージで歌ったり踊ったりするのは、バレエの発表会で味わった至福の瞬間を追体験できた「天国にいる時間」だったけれども、厄介なオタクたちの相手をする物販スペースは「地獄の時間」だった。


 しつこく身体を触ってきたり、興味のない話をドヤ顔でまくしたててくるオタクを、ひたすら笑顔をたやさず相手するのってしんどすぎるで。


 物販が終わって控室に戻るときには、ほっぺたが硬直して口が開かなくなるし、ご飯を食べるのにも一苦労したわ。おかげさんでええダイエットにはなったけどなw。



 嫌な思いをさせる『厄介やっかいなオタク』たちを、作り笑顔であしらいながら、ライブ活動を続けて一年が過ぎるころには、毎回ライブを見に来てくれる固定ファンも増えてきた。


 その人たちは、ライブ中は私らが売ってる「しT(シャツ)」やタオルにキーホルダーを身に着けて、推してるメンバーに合わせた色のサイリウムやペンライトを振って応援してくれるし、物販ではにこやかで穏やかにお話しをしてくれるので、作り笑顔ではない自然体でいられた。


 そんな優しい紳士ヲタクさんたちに会えるのがライブ活動を続ける楽しみになっていった。


 ライブ活動が二年目に入り、関西から遠征ライブをするようになった。


 札幌は雪まつりのステージで寒さに震えながらライブをしたし、東京ではタ○ーレコードのイベントスペースや新木場の大きなライブ会場の小さなステージや倉庫みたいなテントステージでもライブをやった。


 面白かったのは東京タワーの展望台にあるイベントスペースでのライブだった。


 他にも何組かアイドルグループがライブをしたんだけれど、ステージ手前でそれぞれのグループの推しTを着たオタクたちがいている様子を、展望台に来た人たちが奇妙な生き物を見ているような目で見ながらその後ろを通り過ぎていくのと、大きな窓から見える東京の綺麗な夜景をステージから同時に見れたのは忘れられない瞬間だった。


 紳士ヲタクの方たちは遠征ライブについてきてくれて、仙台に遠征したときには牛タン屋さんでメンバー全員とマネージャーさんに美味しい牛タンをおごってくれた。このときはヲタクさんたちがマネージャーさんに相談して、いつもライブに来てくれるし、紳士のみなさんなら問題をおこさないだろうと突発的に食事会を開催したが、東京に遠征したときには、事前に参加者を募って交流会を行った。渋谷にあるキッチンのついたスタジオを借りてメンバー全員の手づくり料理を食べたりちょっとライブをしたり、時間たっぷりでお話ししたりした。


 楽しいときも険しいときもありながら、アイドル活動は三年目に入った。

















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