第2話 馨の目覚め

 天音馨アマネ カオルは神戸で生まれた。父親は外資系企業で東南アジアからの輸出入を担当していて、カオルが生まれる前から海外出張が多かった。その分高い給与をもらっていて、いわゆる中流の上程度の生活レベルだった。母親と三歳上の兄との三人で暮らし、そこへたまに父親が帰ってくる感じで、父親というよりは[親戚のおじさん]くらいの感覚だった。一家が住んでいる高層マンションの低層階にはコンビニや電器屋・クリーニング屋など様々な店が混在していたが、その中にバレエ教室があり、近くの幼稚園に通っていたカオルは自宅のある高層階行きのエレベーターに乗る前に、同じ年頃の子どもたちがレッスンをしているのを見るのが楽しかった。


 ある日の夕食後、自分もバレエを習ってみたいと母親に言ってみた。


 母親も買い物帰りに娘とおなじくらいの女の子たちが通うバレエ教室が気になって、何度かのぞいて見ていたようで、本人がやりたいと言うのならやらせてみるか…、と軽い気持ちでバレエ教室に申し込んでみた。

 ところがレッスン初日前日に自宅のリビングで白いレオタードに白いタイツを身に着けて照れくさそうな顔をしている娘の姿を見た瞬間に、頭の中で「チャリ〜ン。ウチの娘……超カワイィ〜やん!」と『ソバ屋の風鈴』がハゲシク鳴る音がした。


 親バカの目覚めの音だ。


 一緒にいた兄の頭の中でも『ソバ屋の風鈴』がハゲシク鳴り響く。


「馨……メッチャカワイィーー!!」


 兄バカも目覚めてしまった。


 バカ二人に褒められまくり、写真を撮られまくって、カオルもまんざらではなかったし、バレエが上手になって、もっと褒められようと思ったが、これが地獄への入口とは気づかなかった。



 翌日からレッスンに通い始めたが、とにかくキツイ!。


 身体は硬いし筋肉もショボイしで、まともに踊れるわけもなく、基本のポーズをひたすら繰り返し、レッスン終わりには身体全体がプルプルと震えて半泣きで帰宅した。

 レッスンを見守っていた母親は「最初は誰でもこうなるんやから、気にせんときや」と慰めお風呂上がりにはマッサージをしてくれた。


 幸いなことに初心者だからとイジメられることもなく、黙々と半泣きで基礎レッスンを繰り返したお陰で、1年後にはなんとか身体が震えることもなくポーズを決めれるようになった。


 小学生になってもレッスンは続けていたが、いくつかのバレエ教室が集まってホールを借りて合同発表会を開くことになり、それにカオルも参加することになった。


 練習用の白いレオタードやタイツにトウシューズも新調し、チュチュを身に着けた姿を見て、母親と兄の頭の中では激しく『ソバ屋の風鈴』が鳴り響く!。


 休みを取って見に来た父親は、娘の晴れ姿を見て、鼻血が出そうになる。


「俺の娘が世界で一番カワイィ〜〜!!!」



 親バカ兄バカがニッコニコでステージを見つめるなか、ステージに登場し眩しいくらいに明るいライトに照らされ踊り、大きな拍手を浴びたカオルも目覚めてしまった。


「ステージの上で大勢の人に見つめられて拍手を受けるのって……気持ちイイ〜〜!。もっと沢山の人に見られたいーー!!」



 そんなカオルの気持ちを知っていたのか、ある日母親が新聞の片隅に載っていた広告を見せていた。


「これ、応募してみたらええやん」


 それは全国展開している老舗のモデル・俳優事務所で新規に小学生を対象にしたオーディションが開催されるという広告だった。

 実は他の大手モデル・俳優事務所でそこに所属しているモデルや俳優志望の小学生を集めて、有名な歌手やバンドの曲を歌って踊るというアイドルグループを始めていて、最初は客前に出るときの度胸試しや普段のレッスンの成果を確認するためだったが、公園の片隅で無料でライブを見せて、撮影もさせ、ライブ後には集まった観客と話をさせているのがSNSで拡散され、人が集まりすぎて公園を追い出されてしまったので、安いイベント会場を借りて入場料を取り、メンバーの歌を収録した手焼きのCDを売ってみたら、まぁまぁの収益を上げていると業界では噂になっているらしい。

 そこでウチでもやってみるか、となったが、やるなら全国展開している地方も含めての一斉にやるかとなり、各地で広告を出したということだった。


「モデル…俳優……アイドル!。えらいぎょうさんのお客さんに見てもらえる!!」



 カオルはウキウキ気分でオーディションに申し込んだ。




 バレエのレッスン地獄をくぐり抜けたカオルは、さらなる地獄へとスキップで突き進んでいくのだった。






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