第19話

 リギス王国の城内。謁見の間で兵士達が両端に並ぶ中ですねこすりを撫でるアイリーンとその父親であるアーサー・オールブライトが立っていると、その目の前にリンがゆっくりと姿を現した。



「待たせたな、お前さん達」

「おかえりなさい。アラン王子達の元に本当に行ってきたんですの?」

「おうよ。女と一緒にいたんだが、アイリーンやリギス王国に何かしたらただじゃおかねぇって言ったらブルブル震えながらしょんべん漏らしてやがったぜ。あの野郎、流石に愛想尽かされたんじゃねぇか? 」

「それならそれで良いです。それにしても、憎い相手の首を手土産にすると言っていたので、本当に首を切り裂いて持ってくるかもしれないと思ってドキドキしましたわ」



 アイリーンが胸を撫で下ろす中でリンは大きな笑い声を上げる。



「かっかっか! それでもよかったが、おれぁ無駄な殺生はしねぇ事にしてるからな。ただ脅すだけで十分なのに殺しなんてするわきゃあねぇよ。国王、これで多少は溜飲も下がったんじゃねぇか?」

「そうだな。よくやってくれた、とは言いづらいが、代わりにスラン帝国まで行ってくれた事は感謝する。ありがとう、リン」

「礼にゃ及ばねぇよ。おれぁ自分が気に入った女を貶されたからそのために行ってきたに過ぎねぇんだからな」

「そうか。ところでなんだが……」

「おう、なんだ?」

「お前達、もうまぐわったのか?」



 アーサーの言葉に兵士達がざわめき、アイリーンが耳まで顔を赤くしていると、リンは笑みを浮かべながら頷いた。



「おう。おれぁ慰めのためにはしねぇとは言ったが、アイリーンが慰めてもらうためでもなくしっかりと覚悟を決めてるのを感じたからな。父親であるお前さんからすれば嫁入り前の娘を傷物にされたわけだが、それは良いのかぃ?」

「ああ。お前達が良いと思ったのなら私は別に何も言わん。むしろウチの次女にそこまで愛する相手が出来た事を喜ばしく思っている」

「そうかぃ。んで国王、ちっと聞きてぇ事があるんだが」

「なんだ?」

「アイリーン、しばらく俺に預けてくれねぇか?」



 その言葉に兵士達が更にざわめき、アイリーンが驚いていると、アーサーは興味深そうな顔をした。



「ほう、アイリーンをか。ハネムーンとやらに行くのか?」

「いや、祝言を上げるどころかまだ交際すらしてねぇ。アイリーンが俺の事をもっと知って、ムードがある時に改めて告白してぇって言うからな」

「そうか。たしかにアイリーンは少々ロマンチストなところがあるからな。では、何故アイリーンを預けて欲しいと頼むのだ?」



 アーサーの問いかけにリンは静かに答える。



「まだお前さんには話してなかったが、おれぁ女神さんから依頼を受けてんだよ。この世界に起きてる歪みを正してほしいってな」

「歪み……世界各地で起きている消失現象などの事か」

「そうだ。俺達の故郷もそれが原因で消失し、お前さん達に受け入れられたからこうして今も暮らせてる。同じ奴が増えるのは我慢ならねぇんだ」

「なるほどな」

「そして、もう一つ理由がある」

「ほう、それは何だ?」

「アイリーンも交えてこの世界を嗤ってやる。それがアイリーンを預けて欲しい理由だ」



 兵士達はわけがわからないといった顔をしていたが、アーサーは愉快そうに笑い始めた。



「はっはっは! 世界を嗤いに行くとはまた変わった目的だな。だが、だからこそ気に入った」

「お、そうかぃ」

「ああ。アイリーン、お前はどうする?」



 アイリーンはすねこすりを抱き抱えながら答える。



「無論、リンについていきますわ。私も見識を深めていかないといけないと思っていましたので」

「わかった。では、出立の前夜には簡易的な宴を催そう。リン、その時はお前の両親も連れてきてくれ」

「おう、わかった。娘の事を任せてくれてありがとうな、国王。いや、“おっとさん”」

「まだ早い呼び方ではあるが、もうお前達の心は決まっているようだからな。ウチの次女と共に帰ってきた際には色々話を聞かせてくれ、婿殿」

「おうよ」



 その後、リン達は楽しげに話をしていたが、その様子をオーマは柱の陰で気配を消しながら静かに見ていた。

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