第13話

 数日後、強い雨が降る中で傘を差しながらリンは丘の上に立っていた。雨は傘を突くように降り、傘の下でリンは空を見上げていた。



「今日はアイリーンの結婚の日だってのに天気がわりぃなぁ。日が照っていて小雨が降ってるってんならアイリーンは狐だったのかなんて笑えたが、黒い雲が空を覆っていておまけにバケツを引っくり返したみてぇな強い雨だ。まるで空が泣いてるみてぇじゃねぇか」



 リンは雨音を聞きながらしばらく丘の上に立っていた。するとそこに一人の人物が現れ、ずぶ濡れのままでリンの隣に立った。



「お、水も滴る良い女のお出ましじゃねぇか。だが、この水量は水浴びには向かねぇぜ?」

「良いのです。今はこうしていたい気分なので」

「そうかぃ」



 リンは隣に立つアイリーンに近づき、アイリーンの上に傘が被るように移動させる。



「だが、濡れ鼠なのはいただけねぇ。風邪っぴきになっちまうからとりあえず傘の中にいな」

「……あなたは本当にそういう気遣いだけは得意ですわね」

「俺も長いこと生きてるんでね。色々な奴を落とすためのテクってのは心得てるんだよ」

「そうやって私も、という事ですか?」

「お前さんはそう簡単に落ちねぇのはわかってるさ。いつも鳥っ子みてぇにピーピー喧しいし、俺を警戒しなくなって肩に留まるのをじっくり待つさ」

「そうですか」



 二人の間を静寂が支配する。そうして数分程度黙っていた時、アイリーンはリンに視線を向けた。



「何故私がここにいるのか疑問に思わないのですか?」

「おおよそ察しがつくんでな。あの馬鹿王子、遂にやりやがったな」

「その様子ではあなたも噂は聞いていたのですね。アラン様が平民の女性と懇意にしているらしいという噂を」

「まあな。んで、お前さんはお役御免ってか?」



 アイリーンは悲しげに頷く。



「その通りです。多くの方がいる場で婚約の破棄をされましたし、私が度々ここに来ているのは不義のためだの私がアラン王子を縛り付けているだの色々な事を言われました」

「へっ、同衾どうきんなんざしたくても出来ねぇっての。おれぁアイリーンの事は大切にしてっからな。嫁入り前の女を同意もなしに食うなんてダセェ真似はしねぇさ」

「同意があれば手を出していたのですね」

「いつも言ってんだろ? お前さんは良い女で、お前さんさえ手に入れば他の女なんかいらねぇってな。そんな女と十数年付き合いがあるんなら、手の一つも出したくなるさ」

「そうですか……」



 アイリーンが更にリンに体を近づけると、リンは深くため息をつく。



「だが、今のお前さんを抱くわけにはいかねぇな」

「やはり他の男性から拒まれて逃げ帰ってきた女だからですか?」

「いいや、違う。お前さんを抱く時はお前さんが幸せだけを感じる時にしてぇ。村に帰って抱くのは簡単だが、んな事をしたら今後もお前さんはその度にこの悲しみを思い出しちまう。おれぁ女を啼かせるのは好きだが、泣かせるような真似はしたくねぇんだよ」

「……婚約相手があなただったら良かったと思いますよ」

「そいつぁ嬉しいこった。とりあえず今はしっかりと泣いときな。胸と傘くれぇなら貸してやっからよ」



 頷いた後、アイリーンはリンの胸に顔を埋め、声を上げて泣き始めた。リンはその様子を静かに見ていたが、その目には怒りの炎が宿っていた。

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