第51話 接近砲撃戦

 第二戦隊が突撃を開始したことで、「陸奥」は自動的に殿艦の位置に遷移することになった。

 その「陸奥」に対して山本長官は回避運動を実施するよう命令。

 後ろに続く艦が無ければ、速度低下を余儀なくされる回避運動を行ったとしてもそれほど大きな混乱は生じない。

 それに、「陸奥」はすでに敵四番艦から夾叉されている。


 「陸奥」艦長はただちにこの命令を受け入れ、回避運動に入った。

 このことで、これまでに積み上げてきた射撃に関する諸元はまったくの無駄になってしまう。

 しかし、相手に先手を取られてしまった以上、互いの諸元を白紙に戻すほうが「陸奥」にとっても利が大きかった。


 回避運動に移行するまでに「陸奥」は艦首と艦尾に合わせて三発の四〇センチ砲弾を食らった。

 ただ、幸いなことにそれら砲弾はすべて急所を外れており、主砲それに機関はいまだ無事を保っていた。


 (どうやら、間に合ったようだな)


 黒煙を後方にたなびかせる「陸奥」。

 それでも同艦はさしたる速度低下を見せずに「大和」と「長門」の後方を追求している。

 「陸奥」の状況を確認した第二戦隊司令官の山口少将は、胸中で安堵するとともに命令を発する。


 「目標に変更は無い。『伊勢』と『日向』は敵三番艦、『山城』と『扶桑』は四番艦だ」


 第二戦隊の四隻の戦艦は、そのいずれもが今は砲撃を控えている。

 敵戦艦に対し、無用の刺激を与えることを控えるためだ。

 敵戦艦が「大和」と「長門」それに「陸奥」を相手取っている間に可能な限り間合いを詰める。


 それでも、限度は有る。

 彼我の距離が二〇〇〇〇メートルを割った時、敵三番艦ならびに敵四番艦が砲撃を中止したとの報告が艦橋見張りからもたらされる。

 遠くの「長門」や「陸奥」よりも、自分たちに近づく三六センチ砲搭載戦艦のほうが脅威だと判断したのだろう。

 敵戦艦が「長門」それに「陸奥」から第二戦隊にその砲撃目標を変更しようとしているのは明らかだった。


 「全艦、撃ち方始め!」


 山口司令官の命令を受け、「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」がそれぞれ砲撃を開始する。

 敵戦艦がこちらに対する射撃諸元を整えるまでが勝負だ。


 「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」は、距離が近づいたこともあって早い段階で夾叉を得る。

 これは、不思議でも何でもなかった。

 簡単に言えば、将兵たちの腕が良かったからだ。


 開戦時、帝国海軍は「大和」以下、一一隻の戦艦を擁していた。

 これらのうち、四隻の「金剛」型戦艦はそのいずれもが空母へと改造中だ。

 そして、それら四隻の中でも特に腕の立つ砲術科員たちは、そのほとんどが第二戦隊へと転属となった。


 もともと、「大和」と「長門」それに「陸奥」には優秀な砲術科員たちが充てがわれていた。

 これら三隻は、帝国海軍の戦艦の中で最も有力な艦だから、ある意味において当然とも言える措置だった。

 逆に旧式の三六センチ砲搭載戦艦のほうは、優秀な砲術科員を「大和」や「長門」それに「陸奥」に引き抜かれてしまったことで、どうしても腕は相応に劣るものとされていた。

 しかし、「金剛」型戦艦の腕利きたちを新たにもらい受けた第二戦隊の各艦の平均技量は、今では「大和」や「長門」それに「陸奥」と同等か、あるいはそれを上回る水準にまで達していた。


 「敵三番艦に命中弾! 本艦の砲撃によるものです!」


 かつて、自身が艦長の任にあたっていた戦艦「伊勢」。

 その艦橋で山口司令官は見張りからの報告に相好を崩す。

 だが、その表情とは裏腹に、その眼に宿る獰猛な光はさらにその輝きを増していた。

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