第50話 第二戦隊司令官

 「大和」の周囲に水柱が立ち上ってからほどなく、見張りから叫び声のような報告が上げられてくる。


 「敵一番艦ならびに二番艦、目標本艦! 三番艦、目標『長門』、四番艦、目標『陸奥』」


 敵の砲撃目標は第一艦隊の中でも特に有力な戦艦に集中していた。

 最大脅威から排除していくのは集団戦のセオリーだ。

 だからこそ、敵は「大和」に対してはダブルチームで砲撃戦に臨んでいる。

 それでも、「大和」についてはさほど心配は無かった。

 「大和」の装甲は決戦砲戦距離において四六センチ砲対応防御だったからだ。


 問題は「長門」と「陸奥」だった。

 「長門」と「陸奥」はともに四〇センチ砲対応防御を謳っている。

 だから、ふつうに考えれば米新型戦艦の四〇センチ砲弾に対しても、相応の抗堪性を持っているはずだった。

 しかし、米新型戦艦が放つ四〇センチ砲弾は超重量弾の疑いがあった。


 海軍甲事件以降、帝国海軍は情報の重要性に気づき、その収集能力それに分析能力に磨きをかけてきた。

 その成果の一つとして、米国の新型戦艦それに来年就役が予定されている新型重巡が超重量弾を運用する可能性が高いという情報を掴んでいた。

 仮に四〇センチ砲弾であれば一二〇〇キロ、重巡のそれは一五〇キロを超えるものと見込まれている。

 これは、一般的な同口径の砲弾の二割増しの重量だ。

 そして、「長門」と「陸奥」の装甲ではこの超重量弾に耐えることは困難だ。

 だから、捕らぬ狸のなんとやらだと自嘲しつつも、山本長官はその命令を出さずにはいられなかった。


 「敵一番艦を無力化した後は、ただちに目標を三番艦乃至四番艦に変更せよ。敵二番艦が『大和』を狙っている間はこれを捨て置いて構わん」


 彼我の距離が二五〇〇〇メートルを切ったのだろう。

 「大和」が砲撃を開始する。

 六門の四六センチ砲による交互斉射だ。

 やや遅れて、「長門」と「陸奥」それに第二戦隊の四隻の戦艦もまた反撃の砲門を開く。


 全艦が砲撃を開始したという報告のわずか後、「大和」の第一射が敵一番艦周辺に着弾する。

 だが、命中はもちろん夾叉すらもしていない。

 さすがに一発で相手を捉えるには、距離二五〇〇〇メートルというのはいささかばかり遠すぎた。


 日米の戦艦が互いに空振りを繰り返す中、最初に夾叉を得たのは「ワシントン」だった。

 「ワシントン」は就役してから一年以上経っており、そのことで艦の扱いに長けた将兵の比率が他の戦艦に比べて高かった。

 機先を制された嫌な流れの中、第二戦隊司令官から意見具申が成される。


 「当方に突撃の用意あり」


 第二戦隊司令官は、この夏に就任した山口少将がこれを務めている。

 それまで、山口少将は第二航空戦隊司令官のポジションにあった。

 海戦の主役である空母戦隊の司令官から、脇役に落ちた戦艦の司令官になったのだから、一見するとこれは降格人事のようにも映る。

 しかし、帝国海軍内においては第二戦隊は第二航空戦隊よりも格上として扱われていた。

 もちろん、航空畑に転じた山口少将にとっては面白い話ではなかった。

 しかし、名目上とはいえ一応は昇任人事なのだから、これを受けないわけにもいかなかった。


 そんな山口少将の具申に山本長官はニヤリと小さく笑みをこぼす。

 帝国海軍きっての猛将が、その本領を発揮すべく自分にその許可を求めてきたのだ。

 だから、すかさず命令する。


 「第二戦隊司令官の具申を容れる」


 わずかに間をおいて、「大和」から第二戦隊旗艦「伊勢」に宛てて山本長官の意が伝えられる。

 ほどなくして、第二戦隊が舳先を米戦艦群に向けて速力を上げはじめる。

 「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」が突撃を開始したのだ。

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