第37話 排除すべき者
「英国それにソ連は、日本ならびに米国との講和の仲立を行う用意がある」
某中立国にある日本の大使館から政府に送られてきた重大情報。
ただ、それとは別に、決して表には出せない非公式情報もまた入手している。
「日本と米国の講和の最大の障害は、日本それにドイツに対する米国指導者の頑なまでの敵愾心だ。これを排除しない限り、講和実現の可能性は極めて低いものになる」
事の次第を嶋田海軍大臣から聞かされた山本連合艦隊司令長官だったが、その内容があまりも突飛過ぎて今ひとつ頭に入ってこない。
「英国とソ連は、日本に対して戦争の舞台からの退場を願っている。だが米国指導者、つまりは米大統領が戦争を続けたがっているので、なかなかそれがうまくいかない。だから、ルーズベルトを失脚させるように日本側でなんとかしろ。いささかうがった見方かもしれんが、しかしこれら二つの文面を読む限り、そういった解釈になってしまうのだが」
疑問よりもむしろ疑念あるいは疑惑に近い色をその表情に浮かべながら、山本長官が渡された紙片を嶋田大臣に返す。
「概ね、その理解で間違いない。英国とソ連は日本の存在が邪魔で仕方が無いのだろう。だから、さっさと戦争から降りてほしい。そして、我々もそれを願っている。ある意味、我が国と英国、そしてソ連の思惑は一致している。だが、ルーズベルトは違う。おそらく、彼はやられ放しで事を収めるのが嫌なのだろう」
これまでの戦いは、日本側が米側を圧倒していると言ってよかった。
開戦劈頭に帝国海軍の基地航空隊はフィリピンに展開する在比米航空軍に大打撃を与えた。
さらにマーシャル諸島に侵攻してきた太平洋艦隊に対し、これの迎撃にあたった第一艦隊と第一航空艦隊、それに第二航空艦隊は同艦隊を一方的に蹂躙した。
また、帝国陸軍も手厚い航空支援のもと、フィリピン全土の攻略に成功している。
さらに、先日は珊瑚海で新生太平洋艦隊に対して全滅に近い損害を与えた。
相次ぐ敗戦で、ルーズベルト大統領の支持率は急降下。
現在は危険水準と呼ばれるあたりを行ったり来たりしているという。
「ルーズベルトが日本との講和に後ろ向きなのは、私怨によるところが大きい。だが、それ以上に自軍の戦力に自信があるのだろう。貴様も知っているだろうが、米国は二大洋艦隊整備計画で実に一二隻の空母の建造に着手している。このうち、『ヨークタウン』級は一隻のみで、残る一一隻はそのいずれもが新型だ。そして、その新型空母の一番艦は、早ければ年末にも完成する」
嶋田大臣が言う「ヨークタウン」級というのは、「ホーネット」のことで、こちらは珊瑚海海戦で撃沈したことが確認されている。
一方、残る一一隻については完全な新型で、「ヨークタウン」級を遥かに上回る大型艦であることが分かっている。
それほどの大型艦であれば、当然のこととして運用できる艦上機の数も多くなる。
帝国海軍の情報部門では最低でも九〇機、多ければ一〇〇機程度が搭載されるものと見込んでいる。
「米国の新型空母の数が揃えば、我々の敗北は必至だ。だからこそ、俺は短期決戦早期和平以外に道は無いと考えていた」
言葉に力を込める山本長官に、嶋田大臣は小さく首肯し話の続きを促す。
「そのためであれば、ルーズベルトの失脚を望む英国やソ連の手のひらの上で踊ることもやぶさかではない」
英国とソ連は、日本と米国の戦争を一刻も早く終わらせたい。
だが、そのためには対日強硬派であるルーズベルトを排除する必要がある。
送られてきた二つの情報の行間を読み解けばそういうことだ。
「英国とソ連、それに俺の意見は一致した。そうであるならば、ルーズベルトを大統領の座から引きずり降ろすための戦いをするまでだ」
そう言って山本長官は、露悪的な笑みを嶋田大臣に向けた。
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