第20話 避退かなわず
A部隊は空母「インドミタブル」と「フォーミダブル」、それに戦艦「ウォースパイト」が九七艦攻の雷撃によって撃沈された。
また、それに先立つ九九艦爆の急降下爆撃によって重巡「コーンウォール」と「ドーセットシャー」、それに軽巡「エメラルド」と「エンタープライズ」が撃破されていた。
そして、これら四隻の巡洋艦はそのいずれもが機関室に被弾しており、行き脚を奪われていた。
戦闘の最中に曳航することは現実的ではなく、またA部隊には巡洋艦を引っ張ることができる大型艦が無かったことから、これら四隻の巡洋艦についてはその乗組員を救助したうえで自沈処分とした。
残る六隻の駆逐艦はそれら空母や戦艦、それに巡洋艦の乗組員を救助したうえで戦場からの避退を図っていた。
ただ、その中にA部隊を直率していたサマヴィル提督の姿は無かった。
B部隊と呼称される水上打撃部隊を指揮するウィリス中将の手元にあるのは「レゾリューション」と「ラミリーズ」それに「ロイヤル・ソブリン」と「リヴェンジ」の俗にR級と呼ばれる四隻の戦艦。
それに軽巡「カレドン」「ドラゴン」とオランダ海軍の軽巡「ヤコブ・ヴァン・ヘームスケルク」、それに駆逐艦が七隻の合わせて一四隻だった。
「どうやら、一戦交えるしかないようだな」
苦々しさが混じったウィリス中将のつぶやきに、幕僚たちも同意の視線を向ける。
日本の水上打撃部隊、つまりは第一艦隊からの追撃を躱すべく、B部隊は燃料消費が激増することを承知のうえで全速力で西方へと避退を図った。
そして、あと半日ほどでセイロン島に展開する航空隊の傘の下に逃げ込むことが出来たはずだった。
しかし、その前に第一艦隊に捕捉されてしまった。
その原因の一つがR級戦艦の脚の遅さだったことは間違いない。
改装によって排水量が増えた同級の最高速力は二二ノットに届かず、これは鈍足とされる米戦艦と比べてもそれほど大きな差は無かった。
迫りくる第一艦隊に対し、ウィリス提督の命令はシンプルだった。
「『レゾリューション』ならびに『ラミリーズ』敵戦艦一番艦、『ロイヤル・ソブリン』二番艦、『リヴェンジ』三番艦。巡洋艦ならびに駆逐艦は敵の補助艦艇の牽制に努めよ」
巡洋艦は第一艦隊が五隻に対してこちらは三隻と劣勢だ。
しかも、こちらがすべて軽巡なのに対し、一方の第一艦隊の側は五隻のうちの四隻までが大型巡洋艦だから、数の差以上にその戦力差は大きい。
駆逐艦もこちらが七隻なのに対して日本側のそれは一二隻だから、倍近い差が有る。
このような状況では、積極的に敵を撃滅するような戦いなど望めようはずもない。
どんなに頑張っても敵を牽制、阻止するのが精いっぱいといったところだ。
一方、戦艦についてはこちらが四隻に対して第一艦隊の側は三隻だから、一応は数の優位を確保している。
しかし、第一艦隊にはモンスターとも呼ぶべき「大和」が含まれ、さらに残る二隻も旧式戦艦の中では最強クラスとされる「長門」型戦艦だ。
双方の質の差を考えれば、第一艦隊のほうが優勢だと考えていいだろう。
主力艦も、そして補助艦もこちらが不利。
それでも、ウィリス提督の表情にあきらめの色は無い。
「日本の戦艦が米戦艦との撃ち合いに勝利したのは単純に数の差だ。あの当時、第一艦隊の戦艦が七隻であったのに対し、太平洋艦隊のそれは四隻でしかなかった。それでも、日本側は『大和』と『長門』それに『陸奥』を撃破され、長期間にわたって作戦行動が不可能になるほどの手傷を負った。そして今、数の利は我々のほうに有る」
言外に「日本の戦艦、恐れるに足らず」との意を込め、ウィリス提督は部下たちを鼓舞する。
その彼らの耳が、爆音を知覚する。
おそらくは、日本の戦艦が放ったであろう観測機のエンジン音だろう。
一方、こちらは空母をすべて撃沈されたことで制空権を失った。
だから、仮に飛ばしたところでゼロファイターの餌食になるのがせいぜいだろう。
それゆえに、観測機を活用することが出来ない。
しかし、一方でこちらには射撃照準レーダーが有る。
従来の光学測距儀に比べて圧倒的に高い距離精度を出せるそれを使えば、観測機が使えない不利を相当程度補えるはずだ。
「レーダー最先進国の戦艦の力、今こそ見せてくれよう」
そう言ってウィリス提督は東方の水平線をにらみつける。
間もなく、第一艦隊がその全容を現すはずだった。
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