第21話 日英戦艦砲撃開始

 各艦の攻撃目標それに砲戦開始距離はすでに指示していた。

 「大和」は敵戦艦一番艦、「長門」と「陸奥」はそれぞれ三番艦と四番艦を相手取る。

 敵二番艦については当面は放置とし、真っ先に対応艦を無力化した艦がそれを相手取ることとしていた。

 そして、彼我の距離が二五〇〇〇メートルとなり次第、各艦ともに砲撃を開始する手はずとなっていた。


 「敵戦艦はそのいずれもが『クイーン・エリザベス』級もしくは『リヴェンジ』級」


 見張りからの報告に、第一艦隊司令長官の高須中将は了解したと短く返す。

 英戦艦の中でも「クイーン・エリザベス」級と「リヴェンジ」級はともに前後に背負式の連装砲塔を装備している。

 両タイプのシルエットが似ていることで、遠目からでは艦種識別が困難なのだろう。

 だが、現状ではそれで十分だ。

 敵の戦艦はそのいずれもが三八センチ砲を八門装備する旧式のそれだ。

 四六センチ砲対応防御を持つ「大和」はもちろん、四〇センチ砲対応防御の「長門」や「陸奥」も相当に大きな安全距離を確保できる。


 彼我の距離が二五〇〇〇メートルを切った時点で「大和」が砲撃を開始する。

 わずかに遅れて「長門」それに「陸奥」も続く。


 「敵艦発砲!」


 砲撃時の喧騒に負けまいとしてか、怒鳴るような見張りの報告に高須長官それに小林参謀長が顔を見合わせる。

 敵艦隊は制空権を失ったことで観測機が使えない。

 それにもかかわらず、第一艦隊の砲撃が開始された直後に反撃の砲門を開いたのだ。


 「腕に自信があるのか、あるいは撃たれっ放しになるのを嫌ったのか」


 小林参謀長の疑問は高須長官も意を同じくするところだ。

 二五〇〇〇メートルという距離は、観測機無しではなかなかに命中は覚束ない。

 あるいは、東洋艦隊の指揮官は命中率は度外視し、即座に反撃することで将兵らの士気を維持しようとしたのかもしれない。


 疑問はそれとして、時間となったので高須長官それに小林参謀長をはじめとした幕僚らは「大和」の着弾を確認する。

 巨大な四本の水柱が立ち上る。

 しかし、それは敵戦艦を包み込むまでには至っていない。

 初弾から直撃あるいは夾叉を期待するのは、さすがに高望みが過ぎるということだろう。


 そう考えた高須長官だったが、その目に前方海面から水柱が立ち上るのが映り込んでくる。

 敵戦艦が放った三八センチ砲弾によるものだ。

 その距離は、焦燥を覚える程度には近い。

 崩れ落ちる水柱を蹴散らすように「大和」はその中を突き進んでいく。


 (これが電探射撃の効果か)


 高須長官は胸中でうめき声を上げる。

 従来の光学測距儀は方位精度こそそれなりに出せたが、しかし距離精度のほうは大の苦手としていた。

 距離が二五〇〇〇メートルであれば、気象や海象によっては数百メートルの誤差が生じることさえ珍しくなかった。

 だが、敵戦艦の砲撃は方位精度こそ甘かったものの、しかし距離のほうはドンピシャと言ってもいいくらいに正確なものだった。


 「敵一番艦ならびに二番艦の目標本艦。三番艦『長門』、四番艦『陸奥』」


 敵戦艦が侮りがたい実力を持つ相手であることを認識した高須長官に、見張りから新たなる報告が届けられる。

 敵戦艦の砲撃精度が予想以上に正確だったこととは対照的に、戦力配分のほうは想定の範囲内だった。


 「大和」と「長門」と「陸奥」、それに四隻の英戦艦はそれぞれ第二射、第三射と、相手に対して次々に巨弾を撃ち込んでいく。

 しかし、そのいずれもが空振りを繰り返し、いたずらに水柱を立ち上らせるだけだった。

 観測機が使えようとも、あるいは電探射撃を実施していたとしても、短時間で命中あるいは夾叉を得るには、二五〇〇〇メートルという距離は少しばかり遠すぎるようだった。

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