第19話 装甲空母撃沈

 第二次攻撃隊が東洋艦隊をその視界に収めた時、一〇機程の液冷戦闘機が襲いかかってきた。

 おそらく第一次攻撃隊の零戦が撃ち漏らしたシーハリケーンだろう。


 この動きに対し、「加賀」戦闘機隊が正面からこれを迎え撃つ。

 「飛龍」戦闘機隊は九七艦攻のそばから離れず、絶対防衛の構えを崩さない。

 一方、「加賀」戦闘機隊はわずかながらも数が優っていたこともあってシーハリケーンを圧倒。

 その防衛網を突破できたシーハリケーンは皆無だった。


 戦闘機隊の奮戦に感謝を捧げつつ、第二次攻撃隊総指揮官兼「加賀」艦攻隊長の橋口少佐は眼下の英機動部隊にその視線を移す。

 二隻の空母を中心に、その周囲を一隻の戦艦と六隻の駆逐艦が取り囲んでいた。

 本来であれば、これら以外にも英機動部隊には重巡「コーンウォール」と「ドーセットシャー」それに軽巡「エメラルド」と「エンタープライズ」の四隻の巡洋艦があった。

 しかし、これら四隻は三六機からなる九九艦爆の猛襲を受け、各艦ともに複数の二五番を被弾した。

 いずれの艦も機関室に被弾、甚大なダメージを被ったことで著しい速力の低下をきたし、西方へと避退しつつあった。


 「目標を指示する。『赤城』隊は左翼の空母、『加賀』隊は右翼の空母を狙え。『蒼龍』隊ならびに『飛龍』隊は戦艦を攻撃せよ」


 マーシャル沖海戦ではわずか五四機の九七艦攻が四隻の米戦艦に対して致命の一撃を叩き込んだ。

 そして今、自分たちの第二次攻撃隊にはそれを上回る七二機の九七艦攻がある。

 マーシャル沖海戦の結果を鑑みれば、主力艦とはいえ三隻だけに攻撃を指向するのはいささかばかりもったいないような気がしないでもない。

 ただ、マーシャル沖海戦当時は搭乗員のそのほとんどが開戦前に入念な訓練を施されたベテランで占められていた。

 しかし、今はそうではない。

 マーシャル沖海戦では無視できない数の搭乗員が戦死した。

 また、生き残った搭乗員のうちで少なくない者が同海戦後に練習航空隊の教官あるいは教員として引き抜かれていった。

 そして、その穴を埋めるべく配属された搭乗員だが、その多くは中堅かあるいは若年搭乗員で占められている。

 だから、航空隊の術力はその分だけ低下していると見て間違いなかった。

 それゆえに、橋口少佐は攻撃目標を三隻に絞ったのだ。


 「『加賀』隊に達する。第一中隊は左舷から、第二中隊ならびに第三中隊は右舷から空母を攻撃せよ」


 橋口少佐の命令に、第二中隊の牧大尉それに第三中隊の三上大尉が率いる一二機の九七艦攻が編隊から離れ、理想の投雷ポイントに遷移すべく降下を開始する。

 一方、橋口少佐が直率する第一中隊の九機は敵空母の左舷前方へと回り込む。


 空母を守るべく、護衛の駆逐艦が対空砲火を放つが、たいした抑止力にはならない。

 主砲に両用砲を採用している米駆逐艦と違って、英駆逐艦は平射砲だから対空能力はお世辞にも高いとは言えない。

 それに、機銃や機関砲の装備数も米駆逐艦に及ばないから、近接対空能力もまた相応のものでしかない。

 薄い弾幕しか形成できない、名ばかりの輪形陣を突破した「加賀」隊の二一機の九七艦攻は狙いをつけた空母に挟撃を仕掛けた。

 その空母は煙突と一体化した艦橋を持ち、艦首はエンクローズドバウのそれだ。


 (「イラストリアス」級空母だな)


 自分たちが狙う相手の正体を看破した橋口少佐だったが、その彼の目に敵空母が加速、艦首を右へと振る姿が映り込んでくる。

 第一中隊の立場から見れば、敵空母が自ら横腹をさらすような機動だ。

 おそらくは、数の多い第二中隊それに第三中隊への対処を優先させたのだろう。


 (もらったな)


 胸中でほくそ笑んだ橋口少佐だったが、しかし次の瞬間、後方で爆発があったことを知覚する。

 部下のうちの誰かが対空砲火に絡め取られて爆散したのだ。

 その死を悼みつつ、しかし橋口少佐と彼の部下はそのまま肉薄を続ける。

 射点に到達すると同時に「加賀」第一中隊の九七艦攻は次々に腹に抱いてきた魚雷を投下した。


 魚雷を投下すれば、あとは逃げの一手だ。

 第一中隊の八機の九七艦攻は敵空母の艦首や艦尾を躱し、超低空で避退を続ける。

 このうち、一機が機関砲弾かあるいは機銃弾を浴びて撃墜される。

 しかし、残る機体は敵の有効射程圏からの離脱に成功した。


 高度を上げつつある九七艦攻、その後席の松本一飛曹から喜色を含んだ報告が上げられる。


 「敵空母の右舷に水柱! さらに一本、二本! 左舷にも水柱! さらに一本、二本!」


 第二中隊それに第三中隊が迫った右舷と、第一中隊が狙った左舷の命中本数が同じなのは、敵空母が第二中隊それに第三中隊への対処を優先させた結果だろう。

 橋口少佐としては、命中率にいささかばかりの不満が残る結果となった。

 しかし、一方で同時に六本もの魚雷を突き込んだのだから、敵空母の撃沈は確実だ。

 それに、今回は若年搭乗員が少なからず含まれていた。

 だから、この結果には満足すべきなのだろう。

 そう考えている橋口少佐の元に、他隊からの戦果報告が次々に上げられてくる。


 「『赤城』隊攻撃終了。敵空母に魚雷六本命中、撃沈確実」

 「二航戦攻撃終了。敵戦艦に魚雷一〇本命中、沈みつつあり」


 第二次攻撃で敵の機動部隊は事実上壊滅した。

 残るは水上打撃部隊のみだ。

 こちらのほうは、空母「ハーミーズ」が撃沈された以外はそのすべてが健在だ。


 (上はどう動く)


 そう考えた次の瞬間には、それが愚問であるということに気づく。

 あの艦がこの戦域に存在するのであれば、追撃が必至だということなど自明の理だったからだ。

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