第6話 索敵戦

 夜間のうちに戦闘海域に突入した第一艦隊それに第一航空艦隊と第二航空艦隊は太平洋艦隊の姿を求めて索敵機を発進させた。

 夜明け前に「翔鶴」と「瑞鶴」それに「雲鶴」からそれぞれ九七艦攻が三機、重巡「筑摩」から零式水偵一機の合わせて一〇機からなる索敵第一陣が北東から南西に向けて飛び立っていく。

 さらに三〇分後に同じく九機の九七艦攻と一機の零式水偵が索敵第二陣として第一陣の後を追った。


 もともと帝国海軍は索敵についてはそれほど熱心な組織ではなかった。

 決してないがしろにしていたわけではないが、しかし攻撃に比べてその熱意といったものは明らかに低かった。

 転機となったのは米海軍が六〇〇〇〇トン級戦艦を建造するという大誤報、いわゆる海軍甲事件だ。

 この事件によって、誤った情報が組織に甚大なダメージをもたらすということを帝国海軍は学習した。

 そして、それまでの態度を一変させる。

 正確な情報を少しでも早く入手することが成功あるいは勝利への要諦だと理解した帝国海軍は、当然のこととして索敵の重要性にも気づいた。

 二〇機にも及ぶ索敵機の大量投入はその文脈によるものだ。


 「八隻の戦艦を主力とする前衛水上打撃部隊と、それにそれぞれ一隻の空母を基幹とする機動部隊が三群か」


 索敵機からもたらされた敵情に、一航艦司令長官の南雲中将が航空甲参謀の源田中佐それに航空乙参謀の吉岡少佐を等分に見回す。


 「まずは数百キロ離れた相手に攻撃できる能力を持つ空母こそを真っ先に潰すべきです。水上打撃部隊のほうは今しばらくは放置しても構わないでしょう」


 「私も甲参謀の考えに賛成です。空母にとっての最大の脅威は空母とその艦上機です。一航艦それに二航艦はもてる戦力のそのすべてを敵機動部隊にぶつけるべきだと考えます」


 勢い込んで自身の見解を訴える二人の航空参謀。

 その彼らに小さく頷きつつ、南雲長官は次に参謀長の草鹿少将にその視線を向ける。


 「私も甲参謀ならびに乙参謀の戦策に同意します。戦力の集中は兵法における基本中の基本です。今は敵機動部隊の撃滅にこそ、その持てる力を傾注すべきです」


 三人の航空専門家の意見が同じであるのならば、南雲長官としても決断をためらう理由は無い。


 「三群ある敵機動部隊は北からそれぞれ甲一、甲二、甲三と呼称する。水上打撃部隊はこれを乙一とする。一航艦の第一次攻撃隊ならびに第二次攻撃隊はそれぞれ甲一それに甲三を攻撃せよ。二航艦のほうは甲二だ。乙一についてはしばし放置する」


 南雲長官の命令一下、一航艦の四隻の空母が風上にその舳先を向けて速度を上げていく。

 一航艦から出撃する第一次攻撃隊は第一航空戦隊の「赤城」から零戦一二機に九七艦攻二一機、「加賀」から零戦一二機に九九艦爆一八機。

 第二航空戦隊の「蒼龍」から九九艦爆一八機、「飛龍」から零戦一二機に九七艦攻一五機の合わせて一〇八機からなる。


 さらに、「赤城」から九九艦爆一八機、「加賀」から零戦一二機に九七艦攻二一機、「蒼龍」から零戦一二機に九七艦攻一五機、「飛龍」から九九艦爆一八機の合わせて九六機が第二次攻撃隊として第一次攻撃隊の後を追う。


 二航艦からは第五航空戦隊の「翔鶴」と「瑞鶴」それに「雲鶴」からそれぞれ零戦一二機に九九艦爆一八機、それに九七艦攻一二機の合わせて一二六機が出撃する。

 七隻の空母から二波合わせて三三〇機の艦上機が出撃してなお一航艦には四八機、一航艦の前衛に位置する二航艦のほうは七二機の零戦を直掩として残している。

 敵を早期に発見したこと、それに今後の方針が定まったことでほっとした空気が流れた一航艦の旗艦「赤城」艦橋だったが、しかしそれも長くは続かなかった。


 「我レ敵艦上機ノ接触ヲ受ク」


 「大和」からの緊急電だった。

 つまりは、一航艦それに二航艦の盾となって前を進む第一艦隊が敵に発見されたのだ。

 そして、相手がよほどの間抜けでない限り、その後方に機動部隊が存在することを想像するはずだ。


 「我々が発見されるのも時間の問題だな」


 南雲長官のつぶやきに「赤城」艦橋にいるその誰もが小さく頷く。


 「第一次攻撃隊ならびに第二次攻撃隊の発進を急がせろ。それが終われば直掩機の準備だ。そして、それらが発艦する際には特に対潜警戒を厳にせよ。それと、『利根』に接触維持のための機体を出すよう要請してくれ」


 必要な命令を発しつつ、南雲長官は脳内でそろばんを弾く。

 発見された敵の空母は三隻。

 そうであれば最低でも一五〇機、場合によっては二〇〇機近い艦上機が第一艦隊や一航艦それに二航艦の上空に押し寄せてくるはずだ。

 太平洋艦隊と一航艦の間には第一艦隊と二航艦が存在する。

 しかし、それでも安心はできない。

 雲の気まぐれによっては、敵の艦上機群が第一艦隊や二航艦を素通りして一航艦にいきなり襲いかかってこないとも限らないのだ。


 (先手を取ることは出来なかったものの、しかし一方で敵に後れを取るようなこともなかった。そして、彼我の戦力差から言って、洋上航空戦については我々の優位は動かないはずだ。だが、油断することだけは絶対にこれを避けねばならん)


 敵を発見したという安堵の気持ちを弾き出し、南雲長官は気を引き締める。

 戦場では何が起こるか分からない。

 将兵が当たり前に知るその常識を、南雲長官もまた深く理解していた。

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