第7話 困惑

 叩くべき敵を発見したという安堵。

 それとは別に、第一任務部隊旗艦「ウエストバージニア」の艦橋には困惑の空気が広がっていた。


 発見された日本の艦隊は二群。

 前衛に水上打撃部隊、その後方に機動部隊を置くというオーソドックスな配置だ。

 問題はその戦力構成だった。

 日本艦隊を発見した索敵機の報告によれば、水上打撃部隊のほうは戦艦が一隻に巡洋艦が一〇隻、さらに十数隻の駆逐艦がこれら一一隻につき従っているという。

 一方、機動部隊のほうは三隻の空母を基幹とし、さらに一〇隻ほどの護衛艦艇がそれらの周りを取り囲んでいるとのことだった。


 「日本艦隊の戦艦それに空母の数が少なすぎる。あるいは敵艦隊を発見した索敵機はそれらの艦種識別について、間違った報告を送ってきているのではないか」


 第一任務部隊を指揮するパイ提督が不審の色を隠そうともせず、その表情を情報参謀に向ける。


 「日本海軍は重巡と軽巡を合わせて三十数隻保有しています。また、『香取』型練習巡洋艦を加えるとその数は四〇隻に迫ります。これまでフィリピンやマレーといった南方戦域には二十数隻の巡洋艦が発見されていますから、この戦域に一〇隻あまりの巡洋艦が存在していたとしても、その数において矛盾はありません。

 ただ、一方で気になるのは戦艦と空母の数です。日本海軍は南方戦域で行動中の『金剛』型を除けば、六隻の戦艦を保有しています。また、空母についても『赤城』や『加賀』といった大型空母以外に複数の中小型空母を擁しています。

 そうであれば、現時点において五隻の戦艦それに数隻の空母の所在が不明ということになります」


 情報参謀の見解を信じるのであれば、日本海軍の戦艦それに空母の半数は行方不明ということになる。

 逆に言えば、日本海軍はこのマーシャルの地において、中途半端な戦力で太平洋艦隊を迎え撃とうとしているのだ。

 我の全力で敵の分力を討つという、兵法の真逆をいく愚行といってもいい。


 「これは推測の域を出ないのですが、あるいは日本の戦艦は新型のそれなのかもしれません」


 一呼吸置いた後、新たに言葉を紡いだ情報参謀に対し、パイ提督が目でその先を促す。


 「日本海軍は『金剛』型以外にも『長門』型をはじめ六隻の戦艦を保有しています。しかし、これに新型戦艦を加えたとしても七隻でしかなく、太平洋艦隊のそれには及びません。それゆえに、日本海軍は戦艦同士による砲撃戦をあきらめ、水雷戦にその活路を見出した。

 実際、日本海軍は魚雷戦を重視しています。軽巡はもちろん、砲戦巡洋艦であるはずの重巡でさえも我々とは違って魚雷を装備しているくらいですから。そして、日本の新型戦艦は旧式戦艦とは違って巡洋艦や駆逐艦に同道できる程度の高速性能を持ち合わせている。そう考えれば辻褄は合います」


 情報参謀の推測に、パイ提督もまた彼が言わんとしていることを悟る。


 「連中の狙いは夜戦ということか」


 夜の闇は戦力が小さい側を利する。

 乱戦になれば、数が多いほうは味方撃ちを恐れてどうしても一呼吸遅れた対応になってしまうのに対し、逆に寡兵の側はその分だけ機先を制することが容易になる。

 そして、昼戦と違って夜戦は接近戦となるから、砲力の劣勢を雷撃力で補うことが十分に可能だ。


 「残念なことに、艦隊の速力については日本艦隊のほうが明らかに優位です。それゆえに昼戦を志向するか、あるいは夜戦にするかといった会敵時間の決定権は連中が握っていることになります」


 懸念の色を浮かべつつ、情報参謀がパイ提督の推論を肯定する。

 どこで戦うかの主導権は太平洋艦隊が握っている。

 そのことで、自分たちは最初の攻略目標であるマーシャル諸島を戦場に選ぶことが出来ている。

 しかし、いつ戦うかについては、スピードに勝る日本艦隊がこれを握っている。


 「由々しき事態ではあるが、しかし致命的な問題でも無いだろう。要は戦艦の内懐に敵の巡洋艦や駆逐艦を潜り込ませなければいいだけの話だ」


 そう言いつつ、パイ提督は日本艦隊との夜戦に思いを馳せている。


 すべての戦艦に照射射撃をさせる。

 もちろん、探照灯を使えば敵からの砲撃を呼び寄せることになる。

 しかし、重巡の二〇センチ砲弾はもちろんのこと、さらにそれ以下でしかない軽巡や駆逐艦の主砲弾では戦艦の分厚い装甲を撃ち抜くことは不可能だ。

 逆に戦艦が放つ四〇センチ砲弾や三六センチ砲弾が命中すれば、それこそ巡洋艦や駆逐艦といったライト級の艦艇はひとたまりもないだろう。


 (戦争だ。だからこそ多少の損害はこれを甘受せねばならん。特に敵の新型戦艦に狙われた艦は大損害を被る可能性が高い。しかし、敵の新型戦艦に対してはダブルチームでこれに当たればいい。いくら敵の新型戦艦が強力でも、さすがに二対一であれば不利は免れまい。それに、我々には「ブルックリン」級軽巡をはじめとした二〇隻の軽快艦艇が同道している。なにより敵の戦艦はわずかに一隻しかないのだ。たとえ夜戦になったとしても、我が方の有利は動かないだろう)


 そう結論づけたパイ提督は、次に気になっている所在不明の数隻の日本空母に話を遷移させる。


 「考えられるのは、すでに発見した機動部隊の後方にもう一群存在するか、あるいは別働隊として太平洋艦隊以外の目標に向けて行動しているかのいずれかでしょう」


 前者であれば戦力の集中原則に忠実であり、何らおかしいところは無い。

 ただ、後者であった場合は問題だ。

 もし、所在不明の日本空母が上陸船団に襲いかかってきた場合、同船団にはこれに対抗する戦力が存在しないからだ。

 だから、パイ提督は即座に決断する。


 「上陸船団については、いったん東方へと避退させることにする。存在するかどうかわからない敵に対しては、いささかばかり過剰反応かもしれん。それでも、念には念を入れておきたい」

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