第37話

 四日目 ピピン


「おーい、ピピーン。まだ寝てるのかー?」


 俺は王城のピピンの部屋の前にいた。

 待ち合わせ時間どころか、その半時間後になってもピピンが来なかったからだ。ただ、女性の部屋ゆえ勝手に入るわけにもいかず、こうして部屋の前で呼びかけているというわけだ。



 そうこうしていると、偶然ヒナが傍を通りかかった。


「どうしたの?」


 と若干怪しい目で見られつつ話しかけられる。そうだよな、女性の部屋の前で立ちつくすなんて普通おかしいよな。

 事情を説明すると、ヒナが


「あぁー、もう、ピピンったら、しょうがないなぁ」


 と言いつつ部屋に入っていった。



 ヒナの怒った声が部屋の中から聞こえたと思うと、ヒナが部屋から出てきて、


「ごめんね、もうちょっとだけ待っててあげて。ピピンったら、楽しみで寝られなかったから寝過ごしたんだって」


 と言ってまた部屋に戻っていく。ピピンの準備の手助けでもしているんだろうか。なんか苦労人だなぁと思いつつピピンの準備が終わるのを待った。



「いやほんとにごめん。まじでごめん」


 と平謝りしてくるピピン。俺も心配こそすれど、そこまで怒っているわけではなかったのでさらっと許す。


「それで、今日はどこに行こうか?」


 とピピンに聞くと、


「えーとねえ、もう決まってるから、着いてきて!」


 と遅れを取り戻すようにどんどんと進んでいく。そんなに焦らなくても。まだ日は高いのだから。



「う〜ん、美味しそ〜! いっただっきま〜す!」


 というわけでピピンに連れてこられたのはレストランである。年頃の女の子というに、色気より食い気なのか。いや別にいいけどな。好きにしていいって言ったのはこちらだし、ピピンの癒し系な雰囲気にはこちらの方が似合うとも思ってしまうし。……ちょっと失礼かもしれない。

 そしてピピンの前には山盛りのパスタとリゾット、ピザが並んでいる。食べているものは女の子らしいよ。その量に目をつぶればな。何か? 食べ物と戦っているのか? ピピンは。


「ん? どうかしたの?」


 と言うピピンに、率直な感想をぶつける。すると、


「な〜に言ってるのさ。食べるっていうのは命をいただくってこと。その命の力が私の力になる。冒険者として生き残るためには、たくさん食べれるってのは必須技能なんだよ。ご両親が『双翼』だし、能力は【採取】だし、ソウヤが一番よく知ってると思ったけどな〜」


 ふむ、一理ある。確かに食べることで命の力をその身に宿すという考え方はあるにはある。特に命に近い距離にある冒険者はそういう考え方でもおかしくない……か?

 いやいや、なんか納得しそうになったが、両親からもそんな話は聞いたことがないし、両親が大食らいだった記憶もない。これは……たくさん食べたいがための方便だな。間違いない。あとで『ヴィーナス』の他のメンバーに確認しておこう。

 俺は自分の分のパスタを口にしながらそう決めたのだった。



「う〜ん、美味しそ〜! いっただっきま〜す!」


 聞き覚えのあるセリフを言ってピピンが食事を始める。現在三店目の飲食店である。正確に言えばここはカフェだが。

 二店目では肉と魚、野菜を中心に食べていたピピンだが、ここでは甘味を味わっている。ケーキにパフェ、アイスクリームと、もうやりたい放題だな。腹の中に空間を拡張する魔法でもかけているんじゃなかろうか。ここまで色々な物を食べるピピンに、


「ピピンは嫌いな食べ物とかないのか?」


 と聞きたくなった。


「え? ないよ。そんなのもったいないじゃん」


 とあっさり言われる。


「もったいない?」


「うん、そうだよ。辛い食べ物は元気にさせてくれるし、酸っぱい食べ物はしゃきっとさせてくれる。甘い食べ物は心を和ませてくれて、苦い食べ物は体に良い。暖かい食べ物は心まで温かくなるし、冷たい食べ物は頭を冷ましてくれる。ね? 何でも食べれた方がお得じゃん!」


 確かに。食べ物に副次的効果があることは間違いないな。そんなところに気がつくとは、伊達に食べるのが好きなわけじゃないってことか。


「だからさ、ソウヤももっとたくさん食べなよ〜」


 ……とはいえピピンが癒し系なのは変わりないが。そして俺は腹がいっぱいである。



「いや〜、たくさん食べたね〜」


 本当に、たくさん食べました。まさか食事でこんなに金がかかるとは思ってもみなかった。まあ、その満足そうな顔を見れただけでも良しとするかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る