第36話
三日目 ヒナ
三日目はヒナと出かける予定だ。昨日のクレナとの話のせいか少し意識してしまっているようで、顔が火照っている。ヒナが来る前に戻しておかないと。
「いやー、ごめんごめん、お待たせしました」
と言ったヒナが現れたのは待ち合わせ時間五分前のことだ。こういうところ、しっかりしてるよな。ヒナって。それを伝えると、
「たはは、そう?」
と嬉しそうに笑った。
ヒナに連れて来られたのはかなり広い何もない部屋だ。こんなところで何をするんだろう。
「ヒナ、こんなところで何をするんだ?」
「貸しオケだよ! 貸しオケ!」
「貸しオケ?」
聞きなれない言葉にオウム返しに聞き返してしまう。
「うん、貸しオケってのはね、こういう広い部屋にオーケストラを呼んで来てもらって、その演奏をバックに歌を歌うんだよ!」
へぇ、歌か。俺はそんなに「歌う」という行為をしたことがないからよくわかんないな。
「お、なんかよくわからない顔をしてるね? あんまり歌ったことない?」
とウキウキのヒナに聞かれ、気まずいながらも肯定する。
「大丈夫、最初はあたしの歌を聴いてて。そのうちわかる曲があったら入ってみて」
そんな話をしているうちにオーケストラがゾロゾロと入ってきて準備を整えていく。
「じゃあ、最初の歌、お願いしまーす!」
そういった調子で何曲か続くも、俺の知っている曲はなかった。
しかし、知らないなりに、なんだか聴いているうちに楽しくなってきて、最初に頭を揺らし始め、手が動き、足が動き、ついには全身が動き出し、曲に乗るようになっていった。
「いいね! 乗ってきてる!」
俺が乗ってきてることにヒナも調子を上げていき、ポップな曲からバラードまで、様々な曲を歌い上げていく。その姿はまさに「歌姫」と称するに相応しいものだった。
貸しオケが終わって。
ヒナと俺は、街中で購入した飲み物を飲みながら街の真ん中にある噴水の縁に座って話していた。
「どう? あんまり歌知らなかったみたいだけど、それでも楽しかったでしょ?」
とヒナが聞く。俺は正直に
「ああ、楽しかったよ。知らないことでもこんなに楽しめるなんて、それこそ知らなかった」
と答える。するとヒナが、
「でしょー? 音楽ってそういうところがあって好きなんだ」
とすっきりした顔で言う。
「そういうところ?」
「うん、ソウヤはあんまり歌を知らなかったけど、私が歌うのを聴いて楽しんでくれた。知らない人がいてもみんなで楽しめる。そういうところが好き」
「へえ、音楽にはそういう力があるんだな」
と言ってみると、ヒナはうーんと首を傾げて、
「あたしはね、音楽自体に力はないと思うんだ。あくまで、私が楽しんで歌っているのを、ソウヤだったり、演奏している人だったり、聴いてる人に伝えるだけ。音楽ってそういうもんだと思うなー。なーんて、偉そうなこと言ったけどよくわかんないやー」
へへっと照れくさそうに言った。
「そうか。そうかもしれないな。確かに、ヒナが楽しく歌っているのは伝わってきたし、それで俺も楽しくなってきたんだしな」
と俺が言うと、
「へえー、そっか。なら、あたしの考え、間違ってないのかな! 何にせよ、ソウヤが楽しんでくれたならそれで良し! かな!」
とヒナが返してくれる。こういったある種さっぱりしたところがヒナの魅力だな。
すると、突然ヒナが噴水の縁で立ち上がり、もう一曲歌い出す。
それは、旅の思い出が詰まった歌だった。最初は一人で、そのうち『ヴィーナス』が集まって四人になって。さらに俺たちが合流して、そして師匠のところへ行ったり、不死鳥を追いかけ回したり、日々の剣の稽古の話が出てきたり、最後には今日楽しかったなんて感想が入ってみたり。
ああ、良い歌だった。歌のことには詳しくないけど、ヒナにしか作れない良い歌だ。
泣き笑いの顔で、
「ありがとな」
と伝えると、
「ううん、こちらこそ、ありがとね」
とヒナから伝えられる。
「気持ちを伝える」という、そんな大仕事をした音楽に感謝したくなった一日だった。
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