第35話
二日目 クレナ
クレナとの待ち合わせに指定されたのは夕方である。
こんな時間からどこに行くのかと思っていると、
「今日は飲むわよ〜!」
ということで酒場に行くようだ。一応お互いに成人しているので酒は飲める。そうか、クレナは酒が好きだったのか。なら今日はほどほどに付き合うとするか。
連れて来られたのは賑やかな酒場ではなく、静かなバーのような装いの店だった。
「こういうところの方が雰囲気があるでしょう?」
と言うクレナ。確かに雰囲気のある店で、本人の雰囲気と相まってなんだかドキドキさせられるな。
しかもちゃっかり店員に言って最奥の席を予約していたらしい。ここならそうそう話を盗み聞かれることはないだろう。なんという心配りか。
席に着いたらとりあえずクレナも俺も果実酒を頼んで、乾杯。
しばらくは二人とも無言で飲んでいたが、それも耐えられなくなったのか、
「それで? なんでこんな企画したの? 感謝に託けて私たちを全員落とす気?」
おっと、だいぶ勘違いされてるな。これは軌道修正しないと……
「なんてね。冗談よ。あなたの顔見ればそんな気ないのはわかるわよ。でもなんでか知りたいのは本音ね」
「いや、本当に感謝を伝えるための日にしたかっただけだよ。でもそうだな、一体一にしたのは、他のメンバーがいるとお互い気恥ずかしくて言えないこととか出てきそうだしさ。そういうのはなんか違うんだよ、今日含めたこの九日間は」
これは偽らざる本音だ。感謝するなら一体一ってのもあるし、メンバーの楽しいこととか、逆に俺に対する不満とか、みんなの本音が聞きたいってのもあっての一体一だ。
「そうなの。なら、今日はあなたも本音で話してくれるのね?」
とクレナが悪戯っぽく言う。話しやすい雰囲気を作ってくれてるのかな。本当に、こんなところは敵わないな。
「いやいや、俺はいつも本音を言ってるさ」
とこちらも冗談っぽく言ってみる。
「そう? ならいいんだけどね〜」
そんな感じで序盤は「本音で語り合う」というルール作りをして過ぎていく。
中盤はクレナのいきなりのクリティカルな発言から始まる。
「じゃあじゃあ、今回デートする中で誰が一番好みなの?」
!? デ、デート!? これはそんなんじゃないぞ!
「いやいや、これは日頃の感謝を伝えるための企画であって……」
「そんなことはどうでもいいの。女の子が『これはデートだ!』って思ったらそれはデートなのよ。それで? 誰が一番なの?」
くっ、そうなのか。それは知らなかった。昨日のリサもひょっとしてそう思って来てたのか? だからあんなに顔が真っ赤に? そう思うと今度はこちらの顔が真っ赤になってくる。
「み、みんなはそういうんじゃないだろう! それに、みんな素晴らしい女性で、俺じゃあもったいないというか……」
「違うわ! 違う! そういうのは違うのよ! あなたが自分で自分のことをどう思っているのかは知らないけど、なら本気であなたのことが好きって言ってくれる人にもそうやって言うの? 自分にはもったいないって!」
クレナが珍しく力を込めて発言する。
「い、いやぁ、そういうわけでは……」
「なら、自分に自信を持ちなさい。少なくとも、私がさっきの質問をするくらいにはあなたはみんなに好かれてる。恋愛がどうとかは別にしてね。それに、あなたは頼まれたことをしっかりやり遂げようとしてるじゃない。それだけで誇らしいことよ」
そ、そうなのか……。まあ、恋愛経験豊富そうな、と勝手に思ってしまうほどの雰囲気を纏ったクレナが言うんだから間違いないんだろうな。
「ちなみに、今日二人で飲んだ果実酒には酒言葉があってね……」
「さ、酒言葉? そんな言葉聞いたことないぞ」
「あるのよ。それでね、今日飲んだお酒の酒言葉は、『初恋』よ」
本当かどうかも分からない話だが、それを聞かされた俺はいよいよ頭がくらくらしてくるのだった。
店を出て。
「ありがとね。今日は楽しかったわ〜」
としらっとした顔で言うクレナ。一方の俺はまだ身体中真っ赤なままだろう。それが酒のせいか他の要因があるのかは言わないでおこう。
「ああ、俺も楽しかったよ。これからも頼むな」
そう言って、二人で王城へと帰ったのだった。
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