第24話

 「あれ」とは熊の魔物の胆である。熊の胆は薬の材料になるって言うし、師匠は動物系の材料はそんなに持ってなかったはずだから、きっと喜ぶだろう。なのに、


「……ちゃんとお師匠様の仕事の手伝いとかしておいで」


 と母さんに釘を刺されてしまった。なぜだ。



 まだ話し足りないという『ヴィーナス』の面々とは家で別れ、ゲンム山へ向かう。

 正直、戦えるようになる前の俺が通えていたくらいだから道中は平和なものだった。あれかな、龍がいるとそれを恐れて魔物とかが近寄らなくなるのかな。ただ山だけあってそれなりに険しい道ではあったのだけど。そんなところで魔物と戦いたくはないな。



 森林限界という言葉がある。気温や湿度などが要因で高木が生育できず、森や林を作ることができない境界のことである。そこを越えると、お花畑と呼ばれる背の低い植物たちの世界になる。

 また、気候という言葉もある。地域を特徴づける天気や気温、降水量、風などの状態である。ノーソン村やゲンム山の辺りは北方で寒い。そのため、基本的には寒さに適応した生き物が生息している。



 だが、北方の山の山頂付近であるそこはまさにこの世の楽園であった。北方に見られる植物はもちろん、熱帯地域の植物までが見られる。その全てが青々と茂り、高木も元気に枝葉を伸ばしている。


「ボッカ王国にこんなところがあったなんて……」


 ソニア様たちはその光景に衝撃を受けているようだ。初めてここに来たのだから無理もない。俺はもう慣れてしまったが。

 ここがどういう理由でこうなっているかはわからない。だが師匠の仕業であることは間違いない。


「うむ、そうだろうそうだろう」


「!?」


 聞き覚えのある声の主は師匠だ。強大な龍がその気配を完全に消して近づいてきたのだから驚くに決まっているだろうに。意外と師匠は悪戯好きなところがあるのだ。


「いるならいると言ってくれれば良いと思うのですが……」


 と一応抗議しておくが、


「気づかない方が悪いに決まっている」


 と取り付く島もない。はぁ……アッシュなんてそういうのが専門なもんだから自信を喪失してるぞ。



 立ち話も何なので、洞窟の地下室に入る。

 中には薬品の瓶、瓶、瓶。前より増えてないか?あと本も少し増えてるな。

 それはさておき、土産の熊の魔物の胆を師匠に渡すと、


「ほう、熊の胆か。最近は動物系の素材にも興味を持ってな。助かる」


 と素直に受け取ってくれた。よかった。これで交渉はスムーズに進むだろう。



「それで、今日はどうしたんだ。久しぶりに来たと思えば人間をこんなに引き連れて」


 師匠に経緯を説明する。すると、


「マンドラゴラに不死鳥の炎か……。フン、不死鳥については教えてやっても良い。だがマンドラゴラはまだお前には持たせられんな」


「マンドラゴラには特殊な採取法がある。その方法で採取しないとあっという間に鮮度が落ち、効能が失われる。そしてその採取法を行えるのは【採取☆☆☆☆】以上になってからだという。故にお前にはまだできんのだ」


 え、じゃあ師匠は……


「今俺のことを考えただろう。俺は【採取】スキル持ちではないが、すぐに薬作りに使うから問題ないのだ。だがお前たちは王都とやらに持って帰るのだろう。であれば鮮度は保たねばなるまいよ」


 そうか、それはお気遣い感謝……って、

 

「なんで【採取】スキルについてそんなに詳しいんですか」


「俺はこれでもドラゴンだ。お前たちより何倍も長生きしているし、人間では得られぬ知識も得ているとも」


 くっそー、釈然としない! だが他にマンドラゴラを得る方法はないからなぁ……。仕方がないか。

 でもどうやったらスキルの星が増えるのかわからないんだよな。【採取☆☆】になったのは蛇の魔物との戦いの後。あの時は初めて戦闘を経験したっけな。そして【採取☆☆☆】になったのは猪の魔物との戦いの後だ。あれは死闘だった。本当に一歩間違えれば死んでいた。

 となると、戦闘経験で星が増えるのだろうか。【採取】スキルなのに? おかしくね?


「思い至ったか。ならば外に出よう」


 え、え? これ、そういう感じ?

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